Top Secret
「平次アンタ、また犯人追っかけて広島まで行ったんやて?」
半分呆れたような和葉の声。先を歩く平次は平然とした顔で「まぁな」と呟いている。
ここは平次の家の中。
和葉は無断欠席した平次への課題を伝える為に服部家へ足を運んだのだった。
事件とあらば、猪突猛進な勢いで現場へ向かってしまう平次。先日も例に漏れず、広島まで足を伸ばし、学校をサボってしまっていた。
その時の事を埋める為の課題である。
しかし平次はそんなものよりも事件優先らしい。どんな事件だったかを詳細に話し始めていた。
後ろから着いていく和葉には見えないはずの平次の顔。だったが、その口調から、どんな表情をしているのかは容易に想像できてしまい、そこからは口を挟まず、聞き手にまわる。
(まったく・・・相変わらずなんやから・・・)
その代わりに、先を歩く平次の背中をじっと見つめた。
色々と言いたいことがあったはずなのに、その姿を見ただけで安心してしまって、言葉が出てこない。
いつもそうだった。
平次が事件に関わっているときはすごく、すごく心配になる。
事件解決のためなら、平気で無茶をするのは分かっているから。
和葉が渡したお守りはいつも持ってくれているようだったし、実際に何度かそれで命拾いしているのは知っていた。
しかし、詳しい事件の内容とか、どんな風に捜査しているのか、という事はいつも本人からの事後報告か、新聞の記事からでしか知ることができない。
(いちいち全部アタシに教えろなんて言わへん・・・)
和葉は視線を斜め下に落とした。
表を通るバイクの音が聞こえる。その音は近づいてきて、一瞬の後に遠ざかっていった。
平次の負担にはなりたくない。そんな自分はいらない、と和葉は常に思っている。
(でも)
再び平次の背中を見る。
(たまには・・・遠くに行くときくらいは、連絡して欲しいと思うんはダメなんかなぁ・・・・・?)
そんな風に考え込み、知らず知らずのうちに眉間にしわを作ってしまう和葉。
前を歩く平次は、そんなことには、気付かない。
事件の話が丁度終わる頃、平次の部屋に着いた。部屋の窓は閉まっていたので平次は窓を開け放つ。
心地よい風が中の空気を動かしていく。
「で、なんの教科書がいるんやったっけ?」
今回出された課題は教科書の複数部分から成っているため、和葉が説明に来たのだ。
床に出された小さな机の横に座る和葉。その向かいに平次も腰掛ける。
「とりあえず数学と古典、それと英語やな」
「『とりあえず』ってどういうことや・・・」
持ってきたカバンから、複数のプリントと教科書を取り出しながら答える和葉。
それを聞いてやや平次は面倒くさそうな顔をし、後ろにあるベッドの端に寄りかかって、天井を仰ぐ。
「しゃーないやん?平次が無断欠席なんかするから悪いんやで」
「まぁなぁ・・・」
確かにそのとおりなので何も言い返せない平次。お手上げだ、と言わんばかりに両手をベッドの上に広げた。
そんな平次をチラッと横目でみる和葉。少し考えてから、
「量はあるけど、まぁ・・・うん、平次ならすぐ終わらせれる内容やし、早いとこ片付くとは思うけど」
とつとめてさりげなく言った。
しかし実際に出されている課題は、普通の高校生なら丸三日はかかるような内容である。
和葉はもちろんそれは知っていた。
が、同時に平次の実力も、誰よりもよく知っていた。
(あたしでも2日はかかると思うけど、平次なら1日でできるわ)
流石に幾つもの事件を解決しているだけあって、集中したときの平次は人並み外れたものがあるのだ。
和葉にとっては周囲に自慢したいくらいの実力なのだが―――――調子にのりやすいのもまた事実。
だから誉めていることに気付かれない様に、さりげなく。
(素直に言えたらえぇんやけど・・・・)
和葉はそう思いながら、小さくため息をつき、机に肘をついた。
しかし当の本人は、和葉がそんな事を考えているのに気付く様子もなく、
「ほんまかぁ?」
と訝しげな声で問い掛けている。
そしてそのまま、ベッドに預けていた上半身を起こし、和葉と同じく机に肘をつく。
「ほ・ほんまやって!」
近い距離で平次にジッと見つめられて、少しだけ動揺する和葉。
思わず声のボリュームが2割増になる。
(あ、あかん・・・思わず大声だしてしもた・・・)
「・・・ほ、ほんならええけどな」
そんな和葉に驚いたのか、平次は少しどもりながらそれだけ言うと改めて座り直した。
「よしッ!ほな始め・・・」
「あッ!!」
やっとやる気を見せた平次だったが、その勢いは和葉によって止められた。
「ってなんやねん!」
せっかく人がやる気だしとんのに!と平次が続けてツッコミを入れる。
「あ、ちゃうねん」
「何がちゃうん?」
そう言いながら和葉は自分のカバンを探っている。しばらくして、やっと目当てのものが見つかったらしい。嬉しそうにそれを取り出して平次の目の前に差し出した。
「これこれ!」
「なんや・・・写真か?」
「そうや、こないだ蘭ちゃんたちが京都に来とったときの写真や」
「あぁーそういや和葉、オマエ撮っとったなぁ。」
蘭やコナンたち一行が先日の事件で京都へ来た際、和葉も途中からだったが参加していた。
父親の小五郎は事件のために来ていたのだが、蘭や園子はただの観光。それにせっかくこっちで会えるということで写真を持っていったのだ。
「やっと現像に出して、さっき取りに行ってきてん。せっかくやし、平次と一緒に見ようかなーと思て」
「早いもんやなー。あれからもう二ヶ月か?」
今はもう五月も終わり。窓の外の木々には眩しいくらいの緑が生い茂っている。
袋から写真を取り出し、二人で順番に見ていく。
「あ!?」
しばらくして、平次が声をあげた。和葉が正面から、平次の持つ写真を覗き込む。
「何?・・・あぁ、それ綺麗やろ?」
平次の手元には、満開の桜だけを撮った写真があった。
「和葉、オマエこれいつ撮ったんや?」
驚いたような顔で問い掛ける平次を不思議そうに見ながら、撮ったときのことを思い出す和葉。
「えぇと・・・蘭ちゃん達と一緒に観光したとき。色んなお寺とかまわったんやけど、ここが一番綺麗やったから。」
何かあったん?と逆に問い掛けてきた和葉に、なんでもない、とだけ短く答える平次。
「そんな、気になるやん。一体何なん?」
「なんでもな・・・・あぁそうや!俺等もここ行ったんや。だからどっかで見たなーって思てん」
「コナン君と一緒に行ったん?」
「そうそう、あのボーズとな」
慌てて取り繕ったような平次の言葉に釈然としない気持ちを感じながらも、和葉は問い掛けをやめる。
「ふーん・・・まぁえぇけど・・・?」
そう言うと、和葉は再び写真の続きを見始めた。
平次の方はというと、内心、胸を撫で下ろしながらも、また先ほどの桜の写真を眺めていた。
「でもほんまに、桜、綺麗やったなぁ・・・」
蘭と園子と三人、夜桜見物の時に撮った写真を見やりながら和葉が呟く。
「ほんまやな」
平次もその言葉に頷く。
(でもまさか、和葉がここの写真撮ってるなんてなぁ・・・・・・)
写真に収められていた桜。
それは過去に、平次が想い出の人と出逢ったあの場所の桜だった。
それは偶然なのか、それとも。
(もう一生忘れられへんな・・・ここの桜は・・・)
窓からの風に、机上のプリントがはためいていた。
和葉は他の写真を手にとり、ゆっくりとそれを眺めている。
そんな和葉の姿を、柔らかな瞳で見つめる平次。
とても穏やかで静かな時が過ぎていく。
「今度はここも、一緒に見に行けたらえぇな」
「・・・!」
思いがけない平次の言葉に、和葉は驚いて顔を上げると、平次はすでに手元の写真に視線を移していた。
でも下を向いたその顔は、少しだけ、照れくさそうな表情。
和葉は大きく顔を上下に振り、一言、
「うん・・・!」
と、答えた。満面の笑みを浮かべながら。
幾度もこの季節が巡ってきて、
儚い、けれど、気高く美しい、この桜を見るたびに
加速度を増していくのだろう。
強がりで、純粋な彼女への想い、
そして
照れ屋で、真っ直ぐな彼への想いは。
半分呆れたような和葉の声。先を歩く平次は平然とした顔で「まぁな」と呟いている。
ここは平次の家の中。
和葉は無断欠席した平次への課題を伝える為に服部家へ足を運んだのだった。
事件とあらば、猪突猛進な勢いで現場へ向かってしまう平次。先日も例に漏れず、広島まで足を伸ばし、学校をサボってしまっていた。
その時の事を埋める為の課題である。
しかし平次はそんなものよりも事件優先らしい。どんな事件だったかを詳細に話し始めていた。
後ろから着いていく和葉には見えないはずの平次の顔。だったが、その口調から、どんな表情をしているのかは容易に想像できてしまい、そこからは口を挟まず、聞き手にまわる。
(まったく・・・相変わらずなんやから・・・)
その代わりに、先を歩く平次の背中をじっと見つめた。
色々と言いたいことがあったはずなのに、その姿を見ただけで安心してしまって、言葉が出てこない。
いつもそうだった。
平次が事件に関わっているときはすごく、すごく心配になる。
事件解決のためなら、平気で無茶をするのは分かっているから。
和葉が渡したお守りはいつも持ってくれているようだったし、実際に何度かそれで命拾いしているのは知っていた。
しかし、詳しい事件の内容とか、どんな風に捜査しているのか、という事はいつも本人からの事後報告か、新聞の記事からでしか知ることができない。
(いちいち全部アタシに教えろなんて言わへん・・・)
和葉は視線を斜め下に落とした。
表を通るバイクの音が聞こえる。その音は近づいてきて、一瞬の後に遠ざかっていった。
平次の負担にはなりたくない。そんな自分はいらない、と和葉は常に思っている。
(でも)
再び平次の背中を見る。
(たまには・・・遠くに行くときくらいは、連絡して欲しいと思うんはダメなんかなぁ・・・・・?)
そんな風に考え込み、知らず知らずのうちに眉間にしわを作ってしまう和葉。
前を歩く平次は、そんなことには、気付かない。
事件の話が丁度終わる頃、平次の部屋に着いた。部屋の窓は閉まっていたので平次は窓を開け放つ。
心地よい風が中の空気を動かしていく。
「で、なんの教科書がいるんやったっけ?」
今回出された課題は教科書の複数部分から成っているため、和葉が説明に来たのだ。
床に出された小さな机の横に座る和葉。その向かいに平次も腰掛ける。
「とりあえず数学と古典、それと英語やな」
「『とりあえず』ってどういうことや・・・」
持ってきたカバンから、複数のプリントと教科書を取り出しながら答える和葉。
それを聞いてやや平次は面倒くさそうな顔をし、後ろにあるベッドの端に寄りかかって、天井を仰ぐ。
「しゃーないやん?平次が無断欠席なんかするから悪いんやで」
「まぁなぁ・・・」
確かにそのとおりなので何も言い返せない平次。お手上げだ、と言わんばかりに両手をベッドの上に広げた。
そんな平次をチラッと横目でみる和葉。少し考えてから、
「量はあるけど、まぁ・・・うん、平次ならすぐ終わらせれる内容やし、早いとこ片付くとは思うけど」
とつとめてさりげなく言った。
しかし実際に出されている課題は、普通の高校生なら丸三日はかかるような内容である。
和葉はもちろんそれは知っていた。
が、同時に平次の実力も、誰よりもよく知っていた。
(あたしでも2日はかかると思うけど、平次なら1日でできるわ)
流石に幾つもの事件を解決しているだけあって、集中したときの平次は人並み外れたものがあるのだ。
和葉にとっては周囲に自慢したいくらいの実力なのだが―――――調子にのりやすいのもまた事実。
だから誉めていることに気付かれない様に、さりげなく。
(素直に言えたらえぇんやけど・・・・)
和葉はそう思いながら、小さくため息をつき、机に肘をついた。
しかし当の本人は、和葉がそんな事を考えているのに気付く様子もなく、
「ほんまかぁ?」
と訝しげな声で問い掛けている。
そしてそのまま、ベッドに預けていた上半身を起こし、和葉と同じく机に肘をつく。
「ほ・ほんまやって!」
近い距離で平次にジッと見つめられて、少しだけ動揺する和葉。
思わず声のボリュームが2割増になる。
(あ、あかん・・・思わず大声だしてしもた・・・)
「・・・ほ、ほんならええけどな」
そんな和葉に驚いたのか、平次は少しどもりながらそれだけ言うと改めて座り直した。
「よしッ!ほな始め・・・」
「あッ!!」
やっとやる気を見せた平次だったが、その勢いは和葉によって止められた。
「ってなんやねん!」
せっかく人がやる気だしとんのに!と平次が続けてツッコミを入れる。
「あ、ちゃうねん」
「何がちゃうん?」
そう言いながら和葉は自分のカバンを探っている。しばらくして、やっと目当てのものが見つかったらしい。嬉しそうにそれを取り出して平次の目の前に差し出した。
「これこれ!」
「なんや・・・写真か?」
「そうや、こないだ蘭ちゃんたちが京都に来とったときの写真や」
「あぁーそういや和葉、オマエ撮っとったなぁ。」
蘭やコナンたち一行が先日の事件で京都へ来た際、和葉も途中からだったが参加していた。
父親の小五郎は事件のために来ていたのだが、蘭や園子はただの観光。それにせっかくこっちで会えるということで写真を持っていったのだ。
「やっと現像に出して、さっき取りに行ってきてん。せっかくやし、平次と一緒に見ようかなーと思て」
「早いもんやなー。あれからもう二ヶ月か?」
今はもう五月も終わり。窓の外の木々には眩しいくらいの緑が生い茂っている。
袋から写真を取り出し、二人で順番に見ていく。
「あ!?」
しばらくして、平次が声をあげた。和葉が正面から、平次の持つ写真を覗き込む。
「何?・・・あぁ、それ綺麗やろ?」
平次の手元には、満開の桜だけを撮った写真があった。
「和葉、オマエこれいつ撮ったんや?」
驚いたような顔で問い掛ける平次を不思議そうに見ながら、撮ったときのことを思い出す和葉。
「えぇと・・・蘭ちゃん達と一緒に観光したとき。色んなお寺とかまわったんやけど、ここが一番綺麗やったから。」
何かあったん?と逆に問い掛けてきた和葉に、なんでもない、とだけ短く答える平次。
「そんな、気になるやん。一体何なん?」
「なんでもな・・・・あぁそうや!俺等もここ行ったんや。だからどっかで見たなーって思てん」
「コナン君と一緒に行ったん?」
「そうそう、あのボーズとな」
慌てて取り繕ったような平次の言葉に釈然としない気持ちを感じながらも、和葉は問い掛けをやめる。
「ふーん・・・まぁえぇけど・・・?」
そう言うと、和葉は再び写真の続きを見始めた。
平次の方はというと、内心、胸を撫で下ろしながらも、また先ほどの桜の写真を眺めていた。
「でもほんまに、桜、綺麗やったなぁ・・・」
蘭と園子と三人、夜桜見物の時に撮った写真を見やりながら和葉が呟く。
「ほんまやな」
平次もその言葉に頷く。
(でもまさか、和葉がここの写真撮ってるなんてなぁ・・・・・・)
写真に収められていた桜。
それは過去に、平次が想い出の人と出逢ったあの場所の桜だった。
それは偶然なのか、それとも。
(もう一生忘れられへんな・・・ここの桜は・・・)
窓からの風に、机上のプリントがはためいていた。
和葉は他の写真を手にとり、ゆっくりとそれを眺めている。
そんな和葉の姿を、柔らかな瞳で見つめる平次。
とても穏やかで静かな時が過ぎていく。
「今度はここも、一緒に見に行けたらえぇな」
「・・・!」
思いがけない平次の言葉に、和葉は驚いて顔を上げると、平次はすでに手元の写真に視線を移していた。
でも下を向いたその顔は、少しだけ、照れくさそうな表情。
和葉は大きく顔を上下に振り、一言、
「うん・・・!」
と、答えた。満面の笑みを浮かべながら。
幾度もこの季節が巡ってきて、
儚い、けれど、気高く美しい、この桜を見るたびに
加速度を増していくのだろう。
強がりで、純粋な彼女への想い、
そして
照れ屋で、真っ直ぐな彼への想いは。
*From KIRYU
別館「JH+」の二万打のお祝いに頂戴しました。あの、ちょっと、初めて小説書いたとは思えないんですが!(笑) 和葉ちゃんがめためた可愛い…!あとラストがとても好きで!!もうね、すっごい愛を感じます。色んな意味で(笑) 本当にありがとうありがとう…!!