てをつないで

 時間と等価交換ってやつを出来るのは何だろうってずっと考えてた。



「アール!」
「…ウィンリィ。……兄さんは?」
「まだ、うなされてるわ」
「そっか…」


 エドが機械鎧の手術を受けてから三日。痛みも熱も収まることはなく、エドはただひたすらその苦しみに耐えていた。
 手術をしてあげることは出来ても、あたしにその痛みを和らげてあげることはできない。熱をさげてあげることだってできない。
 ただ定期的に水を換え、汗を拭き、点滴を変え、見守るだけ。
 それだけしか、出来ない。


「兄さん、大丈夫かな…」
「…ばっちゃんが言うには、赤ちゃん産むぐらいに痛いんだって」
「それってすごく痛いんだよね?」
「うん…わかんないけど」


 今もエドは。あの白いベッドでその傷みに耐えているんだろう。どれくらい苦しいのかな。死んじゃいそうに苦しいのかな。
 何度か手術はしたけど、それでもあたしがそれを受けたわけじゃないからその傷みはちっともわかんない。

 いつも三人で遊んでた草原で、二人並んで座る。
 ガショガショ、って音がして、アルが伸ばしていた膝を抱えた。


 ―――つい、数日前までは。
 そんな音なんてしなかった。あたしより小さくて、やさしくって、いっつもエドと並んで歩いていたのに。
 もう。
 違う、んだ。


 勢いの強い風が、突然吹いた。
 いつもの薄着のままじゃさすがに寒くって、思わずクシュンってくしゃみが零れた。
 手を当てて鼻をすする。
 またガショって音がして、右斜め上から声が聞こえた。


「寒い?ウィンリィ」
「ちょっとね」
「そっか。ごめんね、―――気づかなくて」


 気落ちした、声。
 続けて、この体じゃ寒いとかわかんないんだ、って苦笑したようなアルの声がその鎧の体から聞こえた。
 アルを見上げたら、表情は鎧だから変わらないけど。なんだかしょんぼりしているように見えた。

 膝を抱えるアルの手を取る。
 ごちごちのでっかい手を、人じゃない手を、ぎゅって握る。


「あったかい?」
「…わかんない」
「そっか…」
「―――泣かないで、ウィンリィ」


 泣いてないもん、て言おうとしたけど言葉にならなかった。ただ涙を堪えようと必死で、歯を食いしばったけどやっぱり無理だった。
 ぼろぼろと大粒の涙がアルとあたしの手に落ちる。
 腕で乱暴に拭ったけど、次から次へと出てきてちっとも役に立たない。
 そうして泣きやまないあたしの手を、アルが少し力を入れてぎゅって握った。


「―――ごめんね、ウィンリィ」
「あ、アルが…謝る、ことなんて、ないっ…」
「うん、でも。ごめんね」


 そう言ってアルがもう片っぽの手で私の頭を撫でた。

 ―――泣きたいのは。
 きっとアルの方なのに。

 零れる涙にかまわず、きっと顔をあげた。


「―――ずっとね、考えてたの」
「なに?」
「錬金術って等価交換でやるんでしょう?」
「うん、そうだよ」
「もし、もしも時間と等価交換出来るものがあるなら。あたしどんなことをしてでも時間を戻すのに」


 そうしたら寒いのもあったかいのも分かるのに。
 あんなに歯を食いしばって痛みに耐えることもないのに。

 私の台詞をただ黙って聞いていたアルが、またガショって音を立てて、ゆっくりとあたしの手を離した。


「…それでも」
「…?」
「それでも僕らは、同じ事を繰り返したと思うよ」


 こんな目に遭わなきゃわかんないなんて、ホント僕らバカだよね。ってアルが笑って言った。
 そうしたらまた泣けてきた。


「でも、大丈夫だよウィンリィ」
「…え…?」
「だって僕には兄さんが居るもの。ウィンリィも居るし、ばっちゃんも居る」
「あ、あたし、何も出来ない…」
「そんなことないよ。それにほら、寒いのもあったかいのも分かんないけど」
「…?」
「夕日、綺麗だよ。ウィンリィ」


 そう言ってアルは、草原の向こうに沈んでいく夕日をジッと見つめた。
 あたしは小さく、そうだね、って呟いた。

 あたしの手のぬくもりは、アルにはもう伝わらないけど。
 風がはしるこの草原を。
 丘の上の大きな木を。
 沈む夕日を。
 遠くに聞こえる、鐘の音を。
 見ることも聞くこともできるんだから、きっと大丈夫だ。


「帰ろっか」
「うん」


 そう言って、子供の頃みたいに手をつないで歩き出す。
 エドが待ってる。
 お水、変えてあげなくちゃ。
 それしか出来ないけど、それしか出来ないならそれをちゃんと頑張ろう。


 握りしめたアルの手が、なんだかあったかい気がした。