それもひとつの愛のかたち

「なぁ、ハボック少尉」
「はい?」
「私は時々、中尉に嫌われているのではないかと思うよ」
「―――は?」


 昼下がり。午睡を誘う、午後の職務。
 彼は少しわざとらしく、大きなため息をついて部下に言う。デスクに片肘を付き椅子に体を預けるその様はあからさまに気だるそうな、というよりむしろやる気無さそうな、そんな様子だった。
 突然の質問に、問われた彼もまたため息をつき、呆れたように応える。


「何言ってンすか。そんなことあるわけないじゃないスか」


 そう、あるわけがないのだ。
 ハボックは記憶にあるホークアイの姿を脳裏に描く。
 だけど思い出すのは常にロイの側に居る彼女ばかりだ。
 ロイの副官である彼女は、時にサポートを、時に盾となり矛となり、しかし主にはお目付け役の有能な上司。
 その視線が、誰の背中に向いているのかなど、誰に問うまでもない周知の事実だ。

 そしてそれに気づかないほど鈍いロイでもない。

 だとしたら、この発言の意図は、何か。
 考えるより聞くが易し。ハボックは思うままに再度問う。


「何かあったんスか?」
「お前、犬は飼い主に似るというのを知っているか」
「…そりゃまぁ」
「つまり、そうゆうことだよ」


 何が。
 と、そう言うよりも早く、ハボックはその言葉の真意を推し量る。
 上司の右手に盛大についた、小さな歯型。おそらく彼女の愛犬のものだろう。
 なんとか餌付けをしようと、昼休みに中庭で餌をちらつかせる上司を何度か目撃したことを思い出す。もっとも、その度に失敗していたようだったが。どうやら、連敗記録を更に更新したらしい。
 そう思い至り、ハボックは心中で呟く。


 グッジョブだ、ブラックハヤテ号。


「――って大佐何発火布出してんですか!」
「いや、どうも不穏な気配がしてな」
「き、気のせいじゃないっスか…!?」


 そうか?と、わざとらしく応え、それでも取り出した発火布を再び引き出しへ仕舞う。
 鬼に金棒。ロイに発火布。
 その恐ろしさは、ハボック自身も身をもって知っている。

 話を逸らすべく気を取り直すべく、ハボックは必死で思いつく限りの原因を述べる。


「機嫌が悪かったんじゃないスか?」
「毎回か?」
「嫌いな食いもんだったとか」
「先日ホークアイ中尉が同じものをやっているのを見たぞ」
「…腹壊してたとか」
「そんな様子は無かったが」


 そう言ってロイはまた、ハボックを見遣ってから盛大にため息をつく。いっそあてつけがましいほどに。
 どうやらブラックハヤテ号が懐かないことが余程悔しいらしい。

(ンなこと言われてもなぁ…)

 上司には気づかれぬよう、ハボックは小さくため息をついた。
 もう思いつくことなど何も無い。だけどこのまま放置しておくのも、なんというか、すごく自分にとって悪いような気がする。
 ロイ・マスタングとは、そうゆう男だ。

 どうしたものか、とハボックは思う。
 中尉が早く戻って来ればいいのに、とも思う。

 そんなこんなで思考を巡らし、ふと動かした視線に、ああ、とハボックは思う。

 ――やはり結局は、そうゆうことなのだ。


「やっぱり、飼い主に似るんでしょうね」
「それは嫌味か?」
「違いますよ。その逆です」
「逆?」


 Yes、と答える代わりに、ハボックはロイのデスクの横を指し示す。示された先を、ロイは体を横に傾げ覗き込んだ。デスクの横。正面からは見えない、その足元。静かに眠るそれを見つけて、ロイは苦笑する。

 まったく、いつのまに。

 しかしそんなロイの呟きが届くこともなく、ブラックハヤテ号は気持ちよさそうに眠り続ける。


「俺らの側に来て寝るなんてこと無いンすけどね」


 意味ありげにそう言って、ハボックはにかっと笑う。
 その笑みにロイは苦笑で返し、まいったな、と呟いた。

 皆まで言わずともわかる。
 そこまで愚かでも愚鈍でもない。

 ならば私が犬を飼ったら、眠るのは彼女の元でだろうな、と。ロイはなんとはなしに思う。


「本当に分かり辛い」


 そして実に、シンプルだ。

 そう思い、ロイは再びその口の端を緩めた。




 これもひとつの、愛のかたち。