07.いつの間にか

 こんな日は少し、胸がざわめく。
 風が、初夏の薫りを孕んで髪を撫でる。
 駅からの帰り道、ヒカルは足を止め、軽く上を見上げた。
 色濃い青に、新緑の緑が映える。陽の光が若葉の隙間から零れて見えて、それは絵としては最高の風景だった。

 しかしヒカルの表情は、怪訝そのもので。
 不機嫌極まりない、と、全身がそう言うようだった。


 夢を、見る。
 いっそ本当に夢であったらいいのに、と。今になっても尚思う。

 今更後悔なんてしていない。それでも、…それは例え碁を打つ瞬間でなくとも。突然の雨に舌打ちした瞬間だとか。いつもの改札に切符を通す瞬間だとか。そんな他愛ない時間に、ふと、思うのだ。

 あいつが居たら、と。

 居て欲しい、という意味ではない。ただ居たらどうしただろう、とか、ああだろうな、とか。そんなことを繰り返し思うのだ。

 ―――佐為、お前が居たら。

 この木漏れ日に、何を思ったんだろう。


 それは止めようの無い、思考の連鎖。



「あれ、ヒカル?何してるの?」

「…あかり」



 だけどもし、止めることが出来なくても。
 いつか穏やかに思い出せる日がくるとしたらきっとそれは。


「久しぶりだな」


 そう言って、ヒカルは静かに、笑った。



*いつの間にかなくしたもの。いつのまにか、側に居るもの。
そうしていつか、手にするもの。