10.はなればなれ

 思い出してね、私のこと。
 ピリッとした緊張感が、俺の全身を纏う。
 プロになって、確実に階段を昇って。
 今なら分かる。この凛とした空気。武者震いがすると言った、アイツの気持ち。

 手に、汗をじわりと感じる。
 初めてではないのに、この圧倒的な威圧感に押し負かされそうで。
 俺は固く握った手を、更に、ギュッと強く握る。

 その手には、いつかあかりに貰った扇子。


『ヒカル、すぐ碁に夢中になっちゃうんだから』
『…悪かったよ』
『ううん、違うの。悪くないよ。
 ―――忘れて、いいの』


 そう言って、笑った幼馴染を思い出す。


『忘れていいけど―――ちゃんと、思い出してね。
 私を…ううん、違うかな。私も、だね?』


 違う?と、今度は少し、切なそうに笑ったのを今でも鮮明に覚えてる。
 それは微妙な違いだったけれど、なんとなく、分かった。
 我慢してる顔と泣き出しそうな顔。
 思い出す度、ガラにも無くこの胸が焦がれるのを自覚した。

 言ってない筈だ。アイツの事は。きっとこの幼馴染は、何も知らずに、それでもそう言ってくれているんだと思う。
 お人好しにも程がある。
 なんでこいつ、俺と居るんだろうって今更ながらに思う。


 手にした扇子を持ち上げ、目の前で広げる。
 何度も手にしたそれは、端々がくたびれていた。どんだけ大事に使ったってそれは仕方の無いことだ。
 そうして、強く思う。


 ――この、勝負に勝ったら。


 不純かもしれないが、偶にはそんな勝負があってもイイだろう。


 パチン、と音を立てて扇子を仕舞う。
 纏う空気は相変わらず張り詰めていて、誘う緊張感が心地良い。

 ふ、と。頬が緩む。


「ったく、アイツもバカだよな」


 寂しくないはずが無い。
 どんな気持ちで、ンな事言ってんだよ?

 ……だけどやっぱり、アイツの言う通りで。

 俺は何度でも、忘れてしまうから。


 ―――思い出すよ、何度でも。


 そうしていつか、お前と。あの懐かしい故郷へ。



*いないことはわすれることじゃない。
わすれることはなくすことじゃない。
だからはなればなれでもだいじょうぶなんだよ。

ってゆー話のつもりでした。つもりで終わりました。(シマラナイ終わりですねきりゅうさん)