12.二人だけの

 思い出の場所へ。
 さく、と、落ちた枯葉を踏みしめる音が耳に触れる。木々の多いその公園は、広場こそ払われているもののその周りには落ち葉が敷き詰められていて、一歩を踏みしめる度にかさかさと音を鳴らす。昼間は変わらず日差しも強いのに、朝夕の吹く風は日に日に寒さを重ね、上着なしで出るには辛い季節。
 薄着で出てきたことを少し後悔し、身震いしそうになるのを堪えながらヒカルは目的の場所を目指した。
 そうしてその足音を追うように、少し控えめな足音が一つ。
 それを確認しながら、ヒカルはその風景を確認しながら進んでいった。

 そうして、見覚えのある木が、一つ。

 他と少しだけ違うその木は、記憶それより少し大きく見えて、これだったか、とヒカルは不安を覚える。あの頃はもっと、大きく見えたものだから。

「…これか?」
「うん、たぶん」
「もっと小さくなかったか?」
「だってもう10年も経つんだもの」

 あかりの言葉に、ヒカルはそれもそうか、と納得したようで。今度はその木の周りを一回りして確認すると、この辺りか?と足で落ち葉を適当によけていく。
 そうして地面を露出させたところで、ヒカルはしゃがみこみ鞄に無造作に入れておいたスコップでその場所を掘り始める。湿気りやすい場所のせいか、土は思ったより軟らかく特に難なく掘り起こしていく。その様子を、あかりもしゃがみ込んで眺める。秋とは言え、虫が出てきたりなんかしたら怖いので、これはヒカルの仕事。

「…にしても、俺らもバカだよな」
「どうして?」
「今時タイムカプセルって。誰がやるんだよ」
「そう?わくわくしない?」
「…まぁな。
 でも俺何書いたのか全然覚えてねーや。お前覚えてる?」
「確か、お互いにあてた手紙だったと思う」

 あかりの台詞に、くだらねー、と笑いながら、ヒカルは尚も掘り続ける。そんなに深く掘った筈は無いが、念のため。少し深めに掘っては、少し場所をずらしてまた掘っていく。

「ちゃんと出てくるかな?」
「どうだろうなぁ」

 なんせ入れ物がガチャガチャのカプセルだ。土に還ることも無いだろうが、ぼろぼろになってしまっているかもしれない。プラスチックが土の中でどうなるかなんて知らない以上、とりあえずは彫り続けるのみだ。

 そうして、3つ目の穴に差し掛かった頃、スコップの先に、カツン、と軽い衝撃を覚える。

「お!」
「あった?」

 その声を合図にするかのように、ヒカルは勢いをつけて衝撃のあったあたりを掘り起こす。
 まもなくして、目に入った青と赤のガチャガチャカプセル。
 だいぶガタはきているものの、中の紙も無事のようだった。

 ヒカルはスコップでそれを広い、あかりの目の前に差し出す。受け取ったあかりが土を丁寧に払い、そのスキにヒカルは掘った穴を埋めて。終わった頃に、あかりがハイ、と青いカプセルをヒカルに手渡す。

 土が混じって開けにくいそのカプセルを開いて。
 雨水でぼろぼろになったその紙を、手に取る。

 あかりの記憶にあるそれは、もっと真新しい、特別キレイなものを選んだものなのに。水気を失ったかのようにかさかさになってしまったその紙を、あかりは丁寧に開く。

 書いた内容は微かに覚えてる。
 まだ、何も知らなかったころ。
 世界は親と友達と、そしてヒカルしか居なかった頃。

「――なんて書いてあったんだ?」
「……今と、同じだよ」

 ほら、と言ってあかりはその古ぼけた紙を差し出す。拙い文字で、紙一杯にかかれたその文字。ところどころ文字が霞んで、土で汚れて見えないけれど、クレヨンで書かれたそれははっきりと分かった。



     ずーといつしよにいようね



 ヒカルは、その手紙に思わず笑う。
 幼いあかりが、自分に宛てた手紙。

「ずーとてなんだよ」
「何よ、そうゆうヒカルはどうなの?」

 そういわれて、ヒカルは自分の書いた手紙を、土を払いながら丁寧に開けていく。かさかさ、と落ち葉のような音をたててそれを開いて、目に入ったのはやはり下手くそな字で書かれたたどたどしい文字。
 その一文字一文字を、たどるように読み上げる。

「えーっと、けつ………――!?」

 そこまで読んで、ヒカルの動きがピタっと止まる。青いクレヨンで、やはり途中擦れてしまっている部分はあるものの、しっかり書かれているあかりへの手紙。

「けつ……なに?」
「―――なんでもねぇよ!」
「えー!見せてくれないの!?」
「いいだろ別に!大したこと書いてねぇよ!」

 ヒカルの言葉に、あかりが頬を少し膨らまし、むぅっとする。
 ズルイ。
 約束したのに。
 そう、ヒカルに聞こえるように、嫌味っぽくあかりは言う。

「えいっ」
「うわ!」

 咄嗟に伸びてきた手を、すんでのところでヒカルはよける。それにあかりがますます機嫌を悪くするが、それでも見せるわけには行かない。

 だって。
 これはあまりにも。

 ―――恥ずかしすぎる。


「ヒカルのバカ
 嘘つき
 いじめっこ
 わがまま
 鈍感」

 だけどヒカルの気持ちなど知る由も無く、あかりは文句を言い続ける。それはいつもなら、困りながらも可愛いらしく思えたりもするものだけど、今ばかりは困る。

(だってありえないだろ…!)
(なんでこんなの書いたんだよ俺…!)

 分かってる。理由なんて分かっちゃいるけど、それでも過去の自分を責めずには居られない。こんなの、あかりに見せられるはずが無い。
 しかしそういったところで、あかりが納得をするはずも無く。
 ヒカルは一つ、深く溜息をついて、諦めたように言う。

「―――わかった。
 わかったけど但し――また、10年後に見せてやる」
「えー?」
「それで勘弁してくれ」

 な!?と、両手を合わせて頭をさげ、懇願する。
 あかりもさすがにそこまでされては、嫌、と言えるはずも無く。

「〜〜っもう、今度こそ約束だからね!?」
「サンキュ!」

 ヒカルはホッとして、手にした紙を改めて丁寧に折り、青いガチャガチャカプセルの中に入れる。それを自分の鞄の中に、丁寧に入れて。机の、あまり使わない引き出しにしまっておこうと、確かあの箱があった筈だ、と思考を巡らす。
 あかりも同じように、丁寧に自分の鞄へ、ハンカチでそれを包んでしまう。女の子だから、とヒカルに渡された赤いガチャガチャ。ずっと、大切に持っていようと、心に決める。

「約束、忘れないでね?」
「はいはい」
「ゼッタイだよ!?」
「分かってる」

 10年後なら。
 きっと、笑い話にもなるだろう。

(大体、二人って)
(なんでそこまで具体的なんだよ…!)

 幼い頃の自分が憎らしくもあるけれど。
 たぶんずっと、そんなことを思っていたのかもしれないと、それは認めざるを得ないから。

「んじゃ、帰るか」
「うん」
「今日は泊まってくか?」
「帰ります」


 寒さを増した秋風が二人を掠める。
 10年前に吹いた風なんてもう微かにすら覚えていないけど。

 今はまだ、無理だけど。
 いつか。きっと。

 そうしてヒカルは。
 過去の自分に苦笑して、未来の自分に思いを馳せた。





     けつこんしてくたさい
     こども はふたりくら い


          ヒカル



*はいはい誰ですかーこんな寒いのかいてるのは!(ガクガクブルブル
ごめんね藤原さん…!(平伏)
(※藤原さんの小ネタより10年後設定な感じで。)