18.何でも知ってるよ

 朝っぱらからついてないと思う。(正確には昼前だが)(起きてからはそう経ってないし)
 出掛けに見た朝のニュースで、気にもしなかったがそれでも音だけはしっかり耳に入っていたのだろう、なんとなくそのフレーズを思い出す。

『しし座のあなたは対人トラブルに注意!』

 …占いって当たるんだな。
「覗き見なんて趣味悪いぜ、和谷」
「誰が覗くか。あんなとこで痴話喧嘩してるお前が悪いんだろ」

 あれが覗き見というのなら、一体世の中にどんだけ覗き魔がいることになるのか。
 自業自得だろ、と先ほど鉢合わせた進藤を横目で睨む。

 棋院への道筋を辿る途中、寝ぼけ眼で見た風景。それはボーっと歩いていた俺の眠気を覚ますには十分だった。

『ヒカルなんて大ッ嫌い!』

 同時に、パシーンと響く音。
 見ているこっちが思わず頬を押さえたくなるぐらいそれは盛大に決まって、俺を含めたギャラリーが見守る中、叩いた本人は逃げるように走り去っていった。
 そして後に残された進藤が俺に気づくのにそう時間はかからなかった。

「つーか、後追わなくていいのかよ」
「……」

 憮然とした顔で進藤は押し黙る。
 どうやら気に入らないことがあるらしい。
 が、それが何なのかは敢えて聞かない。どうせ碌なことになりゃしないんだから。彼女居ない暦(ピー)年の俺の勘がそう告げる。

「…つーかさ、」

 言うのかよ。

「アイツが鈍すぎるんだよ!」

 お前も十分鈍いけどな。

 そう言わなかった俺は進藤よりもよっぽど大人だと思う。(一つしか違わねぇけど)
 あからさまに不機嫌を顔に刻んで、乱暴に歩く進藤は、それでもやはり気になるようで、手にした携帯をずっと固く握り締めている。おそらく、というか十中八九、彼女からの連絡を待っているのだろう。鳴ったときに気づけるように。
 そんな行動を、自分では気づいていないようだけど。

 全く、世話のかかる。


「お前、検討じゃあんなに喋るくせにそうゆうことはてんでダメなのな」

 俺の言葉に、また進藤はただむぅっと押し黙って。何も言わないってことは自覚もあるんだろう。俺はそれに構わず、言葉を続ける。

「やきもちもほどほどにしとけよ」

 つまりは、そうゆうことらしい。
 だけどたったそれだけのことが、上手く出来るほど進藤は大人ではないらしく、それは俺だって同じことだ。だから進藤の気持ちが分からない訳じゃないんだけど。
 だからこそ、やっぱり、それを解決するのは正直に言っちまうことだってのも。たぶん進藤も分かってるから、それは敢えて言わない。

 先ほどの喧嘩が、よほど堪えたんだろう。
 いつものようにムキになって否定しない分、そうなんだろうってのはなんとなく分かる。そろそろ付き合いも長いしな。

 だけどいつまでも煮え切らない奴を相手にするほど俺だって暇じゃない。(つーかこれから仕事なんだけど)
 発破をかけるつもりで、俺は嫌味っぽく進藤に言う。

「…大体、お前に彼女にどうこう言う権利があんのかよ。どこで誰と、何しようが、彼女の勝手だろ?お前が口出すことじゃない」

 俺の台詞に返す言葉を詰まらせたのか、呆然としているのか。進藤は目を見開いて俺をみる。
 それが前者だという事はすぐ分かった。
 睨むように表情を変え、吐き捨てるように強く進藤は言った。

「――違う。
 俺だから、口出せるんだ。俺だから、あいつに干渉する権利があるんだよ!」

 そうして向ける目線は、碁盤に向かうそれに似ていて。真剣な――と、いうよりも、本気の。相手を叩き伏せるような目。

「――分かってんじゃねぇか」

 本当に、手間がかかる。
 強い視線を交わすようににやりと笑ってやったら、あっけにとられたようにまた呆然とする。だけどそれも一瞬で、すぐにまた進藤らしく、悔しそうにくそっと呟いた。

「ほら、さっさといけよ」
「分かってるよ!」

 背中を押す必要なんて無い。
 手をポケットに突っ込んだまま、視線だけで彼女が走り去った方向を指す。
 走り出す姿だけを見送って、ため息と共に行き先へと向き直る。
 同時に、聞こえた進藤の声。

「ありがとな!」

 ヤローを見送ったって面白くなんか無い。振り返りもせずに、俺は言葉ではなく手を振り替えして。
 挙げた手をもう一度ポケットに収める。
 ため息を一つ、盛大にこぼして。

 ついでに、苦笑もおまけする。

「今度マックでおごりだな」

 どうせ惚気話も聞かされるんだ。
 そんぐらい、モト取って当然だろ?

 全く、世話のやけることで。