23.変わったもの、変わらないもの
夕暮れの、ご飯時前。いつもと少しだけ違う道を通って、辿り着いたその家の前。私はふぅ、とため息をつくて、その玄関に手をかける。最近は少し縁遠かった、幼馴染の懐かしい家。
ピンポーン、と響く音が聞こえて、間もなくヒカルのお母さんの声が聞こえる。
「あら、あかりちゃん」
「学校のプリント、届けに来ました」
クラスなんて違うのに、…たぶん、気を遣ってくれたんだろう。金子さんが私に、って部活のときに届けてくれた。知らないクラスの、知らないプリント。汚さないように、とファイルに入れて預かったもの。
「あかりちゃん、ちょっとお願いしてもいいかしら?」
「はい?」
「少し買い忘れたものがあるの。今ヒカルも居なくて――
30分くらい、留守番お願いしてもいいかしら?」
「あ、はい。分かりました」
そう言われて、勝手知ったるその家へ、お邪魔しますとあがらせてもらう。靴を揃えて、慌てるおばさんから、お願いね、と言伝を貰い、出かけるその姿を確認してから、とりあえず居間に落ち着いて。鞄に仕舞っておいたファイルを取り出す。
(…部屋、においておいた方がいいわよね)
居間になんて置いておいても見ないかもしれない。おばさんに預けるのも良いけど、わざわざそんな手間をかけなくてもいいだろうし。
そう思い、ヒカルの部屋へ向かう。
誰も居ないけれど、でも出来るだけ足音を静かに。
そしてやっぱり誰も居ないけれど、一応ノックして。
反応が無いのを確かめて、お邪魔しますとそのドアを開ける。
見慣れたヒカルの部屋。
昔は何度も遊びに来たけれど、最近はそれもご無沙汰気味。
プロになって忙しいヒカルは、それでも暇さえあればやれ碁会所だとかやれ友達の家でだとか、結局いつも碁を打ちに出かけていて、滅多に顔を合わせる事もない。唯一の学校も、クラスが違ってしまえばすれ違うこともあまりなくて。理科室からヒカルが居なくなって以来、出会うたびに交わす言葉はいつしか「ひさしぶり」や「元気?」と、そんな言葉に代わってしまった。
預かったプリントを、ヒカルの机に置く。
滅多に使われることのない参考書の隣には、きっと何度も広げたんだろう、ぼろぼろになった碁の本がいくつも並んでいる。
きっと毎晩、これを見て勉強しているんだ。
あんなに、面倒くさがりだったのに。
ふっと周りを見渡す。
乱雑に散らかったベットの脇に、丁寧に置かれた碁盤と碁石。これだけはいつも、きちんとしているのは見ただけで分かった。ヒカルのとても、大切なもの。なんだかおかしくて、少しだけ笑ってしまう。
そうして反対側に視線を移すと、その壁際にかかっていた真新しいスーツが目に入る。お仕事で着るんだろう。一度だけ、スーツ姿のヒカルを見た。だけどやっぱり少しだけ浮いていて、思わず笑ってしまったらヒカルに怒られた。本当は、カッコイイ、なんて思ったんだけど。それは内緒。
そしてその隣に、同じようにかけられていた黒い学ラン。衣替えでおろし立ての学ランに一体何度袖を通したんだろう。ヒカルらしくもなく汚れていなくて、くたびれてもいなくて、それはクリーニングに出して間もないような感じがした。
近づいて、それに触れる。
懐かしい、学ランの感触。
なんとなく、その学ランをハンガーからおろして手に取る。
少し袖が固くて、素材は私のと一緒。違うのは形と大きさ。昔はぶかぶかに着ていておかしかったのに、今はもうぴったりだった。私の方が背だって高かったのに。追い抜かれてしまったし。
そんな事を思って、ふ、と涙が出そうになる。
どうしていないの。
どうして来ないの。
手に取った学ランの重みが、胸に切ない。
苦しいのを堪えるように、抱きしめた学ランからはヒカルの匂いがした。
子供の頃のそれじゃない。
少しずつ、大人の男の人みたいな匂いになってきて。
そんなヒカルは今は遠くて。
変わらない部屋。
変わらない空気。
変わってしまったのは、きっと―――
ピンポーン、と響く音が聞こえて、間もなくヒカルのお母さんの声が聞こえる。
「あら、あかりちゃん」
「学校のプリント、届けに来ました」
クラスなんて違うのに、…たぶん、気を遣ってくれたんだろう。金子さんが私に、って部活のときに届けてくれた。知らないクラスの、知らないプリント。汚さないように、とファイルに入れて預かったもの。
「あかりちゃん、ちょっとお願いしてもいいかしら?」
「はい?」
「少し買い忘れたものがあるの。今ヒカルも居なくて――
30分くらい、留守番お願いしてもいいかしら?」
「あ、はい。分かりました」
そう言われて、勝手知ったるその家へ、お邪魔しますとあがらせてもらう。靴を揃えて、慌てるおばさんから、お願いね、と言伝を貰い、出かけるその姿を確認してから、とりあえず居間に落ち着いて。鞄に仕舞っておいたファイルを取り出す。
(…部屋、においておいた方がいいわよね)
居間になんて置いておいても見ないかもしれない。おばさんに預けるのも良いけど、わざわざそんな手間をかけなくてもいいだろうし。
そう思い、ヒカルの部屋へ向かう。
誰も居ないけれど、でも出来るだけ足音を静かに。
そしてやっぱり誰も居ないけれど、一応ノックして。
反応が無いのを確かめて、お邪魔しますとそのドアを開ける。
見慣れたヒカルの部屋。
昔は何度も遊びに来たけれど、最近はそれもご無沙汰気味。
プロになって忙しいヒカルは、それでも暇さえあればやれ碁会所だとかやれ友達の家でだとか、結局いつも碁を打ちに出かけていて、滅多に顔を合わせる事もない。唯一の学校も、クラスが違ってしまえばすれ違うこともあまりなくて。理科室からヒカルが居なくなって以来、出会うたびに交わす言葉はいつしか「ひさしぶり」や「元気?」と、そんな言葉に代わってしまった。
預かったプリントを、ヒカルの机に置く。
滅多に使われることのない参考書の隣には、きっと何度も広げたんだろう、ぼろぼろになった碁の本がいくつも並んでいる。
きっと毎晩、これを見て勉強しているんだ。
あんなに、面倒くさがりだったのに。
ふっと周りを見渡す。
乱雑に散らかったベットの脇に、丁寧に置かれた碁盤と碁石。これだけはいつも、きちんとしているのは見ただけで分かった。ヒカルのとても、大切なもの。なんだかおかしくて、少しだけ笑ってしまう。
そうして反対側に視線を移すと、その壁際にかかっていた真新しいスーツが目に入る。お仕事で着るんだろう。一度だけ、スーツ姿のヒカルを見た。だけどやっぱり少しだけ浮いていて、思わず笑ってしまったらヒカルに怒られた。本当は、カッコイイ、なんて思ったんだけど。それは内緒。
そしてその隣に、同じようにかけられていた黒い学ラン。衣替えでおろし立ての学ランに一体何度袖を通したんだろう。ヒカルらしくもなく汚れていなくて、くたびれてもいなくて、それはクリーニングに出して間もないような感じがした。
近づいて、それに触れる。
懐かしい、学ランの感触。
なんとなく、その学ランをハンガーからおろして手に取る。
少し袖が固くて、素材は私のと一緒。違うのは形と大きさ。昔はぶかぶかに着ていておかしかったのに、今はもうぴったりだった。私の方が背だって高かったのに。追い抜かれてしまったし。
そんな事を思って、ふ、と涙が出そうになる。
どうしていないの。
どうして来ないの。
手に取った学ランの重みが、胸に切ない。
苦しいのを堪えるように、抱きしめた学ランからはヒカルの匂いがした。
子供の頃のそれじゃない。
少しずつ、大人の男の人みたいな匂いになってきて。
そんなヒカルは今は遠くて。
変わらない部屋。
変わらない空気。
変わってしまったのは、きっと―――
*…なんだろう?(雰囲気台無し!笑)