24.約束
昨夜は寝付けなかった。
それでもいつもより早く寝た分、睡眠不足ということはない。
制服のリボンを結びなおす。キュ、と固く、緩んでいないのを確認して、鏡の中を覗き込む。おかしいところ…は、無いみたい。少しだけ久しぶりだから、なんだかそわそわするけど。
(…よし)
鞄を手にして、中身を一通り確認する。昨夜何度も確認したけど、もう一度だけ。他の何が無くても、筆箱と、受験票。それだけは忘れちゃいけない。
(うん、大丈夫)
それはある意味デート前のそれと似ていて、全然違う。不安ばかりが押し寄せては纏わり付いて、鼓動が早くなるのを必死に堪えるので精一杯だった。
慌てちゃいけない。
落ち着かなきゃ。
そう思う心は、意思に反して尚更不安を巡らせる。
だけど落ち着くのなんて待っていられない。
時間は待ってはくれないのだから。
会場には余裕を持って入れ、と何度も言われた。開始時刻には大分あるけれど、教室で復習しなくちゃ。そう思い、出かける決意をして階段を下りる。
「あかり、もう行くの?」
「うん、行って来ます」
「…がんばってね」
「うん」
じゃあ、行って来ます、ともう一度繰り返して。朝の玄関をくぐって外へ出る。
いつもより少し早い朝は、いつもより少し清々しい。冷えた空気が体中に染み渡って、何かが洗い流されるような気がした。
(大丈夫)
(がんばれる)
そう自分に誓うように呟く。あんなに頑張ったんだもん。きっと大丈夫。
震える気持ちを振り切るように、門に手をかけて道路へ出る。いつもより人通りも少なくて、散歩をする近所のおじさんと、―――あれ?
「ヒカル?」
「お、やっと出てきた」
壁に寄りかかって、ジャージにパーカーを着たヒカルが白い吐息を舞わせて寄って来る。
「え、どうして…いつから居たの?」
「さっき。そろそろかなーと思って。
お前これから受験なんだろ?」
「誰に聞いたの?」
「お母さん。
――お前に、渡したいものがあってさ」
そう言ってヒカルはごそごそとパーカーのポケットを探る。ひっかかって出てこないのか、少し難儀して。取り出したそれは。
「…扇子?」
「俺のお守り」
それはまだ少し真新しい、重みのある扇子で、私がいつもデパートで見かけるものとは違う。紋や絵柄が付いているわけでもなく、まるで、時代劇にでも出てくるような、風格のあるもの。
どうしてこれを?
どうして私に?
訳がわからず、私は不思議に思いその扇子とヒカルを交互に見た。
「お前に貸してやる」
「でも…大事なものなんじゃない?」
普段も物をぞんざいに扱うヒカルなのに、これは珍しく丁寧に扱われていて。少し見ただけだけれど、それはなんとなく伝わってきた。
「俺、昨日白星上げたんだ」
「え、ホント?良かったね!」
「あぁ。
―――だから、今度はお前の番」
「ヒカル…」
「俺のご利益付きだぜ?ありがたく思えよ」
そう言ってヒカルが、口の端をあげてにやりと笑う。
そんなヒカルに呆気に取られて、その途端、ふっと私の頬も緩んでしまって。
だってヒカルらしい。少し遠まわしで、なんてストレートな励まし。
ぼさぼさの頭で、いかにも寝起きって格好して。夜遅くまで勉強してるって聞いたからきっと朝辛かったんじゃないかな。
だけどそれでも、きてくれたこと。
どれだけ嬉しいか、ヒカル、わかってるのかな?
「ありがと、ヒカル」
ありったけの気持ちを込めて、ヒカルに言う。
だってそれ以外にこの気持ちを伝える方法なんて知らない。
ありがとう、って。
それしか無いのならそれに精一杯想いを込めて。
「ありがとう」
もう一度、呟く。
それに照れくさかったのか、ヒカルは何かをごまかすように、ただ、あぁ、とだけ答えた。
ありがとう。
もう、大丈夫。
踏み出す力を貰ったから。
後は思うままに進むだけ。
大丈夫。
頑張れる。
それは祈りではなく、誓いでもなく。
決意というより確信に近い想い。
「受かったら好きなとこ連れて行ってやるよ」
「じゃあディズニーランドとシーがいいな」
「…と?」
「と」
「…大きく出たな」
「ご褒美でしょ?楽しみにしてる」
だから今度は私が。
――この手に描く白星を。
それでもいつもより早く寝た分、睡眠不足ということはない。
制服のリボンを結びなおす。キュ、と固く、緩んでいないのを確認して、鏡の中を覗き込む。おかしいところ…は、無いみたい。少しだけ久しぶりだから、なんだかそわそわするけど。
(…よし)
鞄を手にして、中身を一通り確認する。昨夜何度も確認したけど、もう一度だけ。他の何が無くても、筆箱と、受験票。それだけは忘れちゃいけない。
(うん、大丈夫)
それはある意味デート前のそれと似ていて、全然違う。不安ばかりが押し寄せては纏わり付いて、鼓動が早くなるのを必死に堪えるので精一杯だった。
慌てちゃいけない。
落ち着かなきゃ。
そう思う心は、意思に反して尚更不安を巡らせる。
だけど落ち着くのなんて待っていられない。
時間は待ってはくれないのだから。
会場には余裕を持って入れ、と何度も言われた。開始時刻には大分あるけれど、教室で復習しなくちゃ。そう思い、出かける決意をして階段を下りる。
「あかり、もう行くの?」
「うん、行って来ます」
「…がんばってね」
「うん」
じゃあ、行って来ます、ともう一度繰り返して。朝の玄関をくぐって外へ出る。
いつもより少し早い朝は、いつもより少し清々しい。冷えた空気が体中に染み渡って、何かが洗い流されるような気がした。
(大丈夫)
(がんばれる)
そう自分に誓うように呟く。あんなに頑張ったんだもん。きっと大丈夫。
震える気持ちを振り切るように、門に手をかけて道路へ出る。いつもより人通りも少なくて、散歩をする近所のおじさんと、―――あれ?
「ヒカル?」
「お、やっと出てきた」
壁に寄りかかって、ジャージにパーカーを着たヒカルが白い吐息を舞わせて寄って来る。
「え、どうして…いつから居たの?」
「さっき。そろそろかなーと思って。
お前これから受験なんだろ?」
「誰に聞いたの?」
「お母さん。
――お前に、渡したいものがあってさ」
そう言ってヒカルはごそごそとパーカーのポケットを探る。ひっかかって出てこないのか、少し難儀して。取り出したそれは。
「…扇子?」
「俺のお守り」
それはまだ少し真新しい、重みのある扇子で、私がいつもデパートで見かけるものとは違う。紋や絵柄が付いているわけでもなく、まるで、時代劇にでも出てくるような、風格のあるもの。
どうしてこれを?
どうして私に?
訳がわからず、私は不思議に思いその扇子とヒカルを交互に見た。
「お前に貸してやる」
「でも…大事なものなんじゃない?」
普段も物をぞんざいに扱うヒカルなのに、これは珍しく丁寧に扱われていて。少し見ただけだけれど、それはなんとなく伝わってきた。
「俺、昨日白星上げたんだ」
「え、ホント?良かったね!」
「あぁ。
―――だから、今度はお前の番」
「ヒカル…」
「俺のご利益付きだぜ?ありがたく思えよ」
そう言ってヒカルが、口の端をあげてにやりと笑う。
そんなヒカルに呆気に取られて、その途端、ふっと私の頬も緩んでしまって。
だってヒカルらしい。少し遠まわしで、なんてストレートな励まし。
ぼさぼさの頭で、いかにも寝起きって格好して。夜遅くまで勉強してるって聞いたからきっと朝辛かったんじゃないかな。
だけどそれでも、きてくれたこと。
どれだけ嬉しいか、ヒカル、わかってるのかな?
「ありがと、ヒカル」
ありったけの気持ちを込めて、ヒカルに言う。
だってそれ以外にこの気持ちを伝える方法なんて知らない。
ありがとう、って。
それしか無いのならそれに精一杯想いを込めて。
「ありがとう」
もう一度、呟く。
それに照れくさかったのか、ヒカルは何かをごまかすように、ただ、あぁ、とだけ答えた。
ありがとう。
もう、大丈夫。
踏み出す力を貰ったから。
後は思うままに進むだけ。
大丈夫。
頑張れる。
それは祈りではなく、誓いでもなく。
決意というより確信に近い想い。
「受かったら好きなとこ連れて行ってやるよ」
「じゃあディズニーランドとシーがいいな」
「…と?」
「と」
「…大きく出たな」
「ご褒美でしょ?楽しみにしてる」
だから今度は私が。
――この手に描く白星を。
*コンセプトはカッコイイあかりちゃん。みんな何かと闘ってる。闘いながら生きている。そんな感じ。
頑張れ受験生。