27.知ったかぶり

 恋をしたら何をしても許されるなんてそんなことは思ってないけど。
「藤崎さん、知らないの?」
「う、うん…」

 少しだけ、嫌味を込めて言ったその台詞は通じたのだろうか。藤崎さんはただしゅんと気落ちして、元気を無くしたように小さく答えた。
 明るくて人好きのする彼女。
 私も藤崎さんのことは好きだし可愛いと思う。いかにも女の子って感じが、守ってあげたいような気にさせられて。

 ――だから、こそ。
 そうせずには居られなかった。

「じゃあ、好きな食べ物とか好きな本とか」
「…食べ物…甘いものは嫌いじゃなかったと思うけど…。
 本、は…漫画のほうが好きなんじゃないかなぁ…?」

 たぶん進藤の行動を思い出しながら答えてるんだろう。曖昧に答えて、藤崎さん自身がうーんと考え込む。
 私はそんな藤崎さんに、知ったかぶりに言ってみせる。

「好きな食べ物はラーメン。好きな本は当たり、漫画だね。最近はハンターハンターが好きみたいだけど」
「ハンターハンター?」
「ジャンプの。知らない?」
「うん」

 …確かに、藤崎さんみたいな子は読まないかもしれないな。私は兄弟が居るから前から読んでいるけど。
 そっか、と藤崎さんは寂しそうに笑う。その笑顔に、少しだけ胸が痛むのを覚えた。
 私、お人よしかな。
 でも放って置けなかった。

『ヒカル、私には何も言ってくれないもん』

 彼女がそう友達に零していたのが聞こえた。
 それはもしかしたら、嫉妬もあったのかもしれない。
 だってこんな言い方をする必要なんてなかった。けれどこれ以外に言い方なんて思いつかなかった。だからきっと、嫉妬だったんだと思う。

 でもやっぱり、気づいてほしかったのも本音で。
 自分がどれだけ彼に――進藤に、近い場所に居るのかを知って欲しくて。

 迷信が本当なら私は馬にけられて死んでしまうかもしれない。

「じゃあ、藤崎さんは何を知ってるの?」

 私の言葉に、藤崎さんが返事に困るのが分かった。
 そんな藤崎さんを更に追い詰めるように、私は彼女をじっと見つめる。


 沈黙が降りたこの空間はまるで世界から切り離されたみたいに静けさを纏って。
 私は思う。

 欲しかったのは履歴書のプロフィールなどではなく。
 サイン帳に書けちゃうような簡単な言葉ではなく。

 欲しかったのは。



*あかりちゃんならきっと大丈夫だと。
いつか自信を持って隣を歩ける人になって欲しいと思います。
個人的には「嘘つき」の女の子のつもりで。