30.誰が泣かした?

(29の続きです)
「やっぱりだめかー」
「当たり前だろ。俺はプロだぞ?」

 目一杯ハンデを与えているとはいえ、部活レベルの一般人に負けるようではプロの名折れってもんだ。じゃじゃらと碁石を色分けして片付けながら、あかりはがっかりしたようにため息をついた。……こいつ本気で勝つつもりだったんだろうか。

「じゃあ、何頼もうかな」
「え?」
「あかりが勝ったらあかりのお願い聞くってことは、俺が勝ったら俺のお願い聞いてくれるんだろ?」

 そう言ってにやり、と意地悪く笑ってみせる。
 やっぱり、そうじゃなきゃ賭けの入った勝負事なんて面白くない。

「そ、そうだけど…。
 私が出来ることにしてね?」
「じゃあ特上寿司3人前」
「〜〜っヒカルの意地悪!」

 そんなの買えるわけないじゃない!とあかりがしかめっ面をする。その顔がおかしくって、俺は思わず笑ってしまった。好きな子の気を引きたくて、苛めてた奴らの気持ちが今ならわかる。これはちょっと、癖になりそうだと思う。…それでも、泣かれると本当に困るのでほどほどにはしないとな。

「もう、真面目に言ってよ」
「そーだなぁ」

 考え込むように腕を組んで、悩むような振りをする。そうしてまた、うな重5人前?とか言ったらあかりにまたむっとされて。それがおかしくてまた笑ってしまう。

「そんなの自分で買えばいいじゃない。
 お給料貰ってるんでしょ?」
「まぁなー。でも殆どは使っちゃわないように貯金されてるし」
「え、ヒカルが?」
「いや、お母さんが」
「だよねー。びっくりした。
 ヒカルすごいとか思っちゃったよ」

 そうして今度は、あかりが声をあげて楽しそうに笑った。さっきまでの追い詰められたような感じではなく、気が抜けたように。
 やっぱり、と思う。
 何を気負って居たんだか。
 きっと俺の負けでいいと言ったところで納得なんてしないだろう。

 ―――だったら。

「あかり」
「ん?」

 笑うあかりに少し真面目な顔をして、あかりの腕を掴んで手を握る。右手にあかりの左手を、左手にあかりの右手を持って。
 あかりが真っ直ぐ俺を見る。
 だけど俺はそれを見返すことが出来ず、少しうつむいてあかりに言う。

 我ながらなんて恥ずかしい。
 だけど、今は言わなきゃいけない気がするから。

「あかりさ、もっとわがまま言っていいよ」
「―――え?」

 きょとん、とした顔であかりが聞き返す。
 あぁもう、そんな何度も言えるかよ!一度で聞けよ!

「言いたいこと、たくさんあンだろ。ちゃんと言えよそうゆうの。そうじゃなきゃ、俺なんの為にお前の側にいんの」
「ヒカル…」
「だからわがまま言ってくれ。
 それが俺の『お願い』、な」

 そこまで言って、ちら、とあかりを上目で見る。
 相変わらずあかりはきょとんとしていて。

 ――頼むから!
 ――察してくれ!

 そんな逃げ出したい思いでいっぱいになる。(ほんとガラじゃねぇ…!)

 だけどあかりは相変わらず反応が無く、ただぼけーっとしていて、通じたんだか通じていないんだか。判断しかねて、思わず、あかり?と声をかけた時だった。

 ポロリ、と零れた大粒の涙が一つ。

 びっくりして、俺は思わず叫ぶ。

「おま、何!何泣いてんだよ!」
「だ、だって〜」

 どうやら涙はあかりの意思では止まらないらしい。あかりは自分でごしごしと涙を拭こうとするのに、それは留まることが無い。
 俺はどうしたらいいか分からず、とりあえず手短にあったタオルをあかりに渡す。

「ほら」
「あり、がと…」

 受け取ったタオルを顔にあて、タオル越しに鼻をすする音が聞こえる。たのむから泣き止んでくれよ、なんて情けないこと思いながら、ただその様子を見守ることしか出来なかった。
 そうして黙ること数分(たぶん)、タオル越しに聞こえる嗚咽が少なくなった頃、あかりが少しだけタオルをずらして、目線だけをこちらに向けて。小さく呟いた。

「ヒカル。…大好き」

 一瞬言われた言葉の意味がわからず、俺は目を見開いて。
 直後理解したその意味に、咄嗟にどう返していいか分からなくて。

「お、おお」

 と、それだけ返した。(なさけねぇ)
 たぶん顔が赤くなってんだろうな、ってなんとなく自覚した。



*書いてる私も恥ずかしい。