30.誰が泣かした?
「やっぱりだめかー」
「当たり前だろ。俺はプロだぞ?」
目一杯ハンデを与えているとはいえ、部活レベルの一般人に負けるようではプロの名折れってもんだ。じゃじゃらと碁石を色分けして片付けながら、あかりはがっかりしたようにため息をついた。……こいつ本気で勝つつもりだったんだろうか。
「じゃあ、何頼もうかな」
「え?」
「あかりが勝ったらあかりのお願い聞くってことは、俺が勝ったら俺のお願い聞いてくれるんだろ?」
そう言ってにやり、と意地悪く笑ってみせる。
やっぱり、そうじゃなきゃ賭けの入った勝負事なんて面白くない。
「そ、そうだけど…。
私が出来ることにしてね?」
「じゃあ特上寿司3人前」
「〜〜っヒカルの意地悪!」
そんなの買えるわけないじゃない!とあかりがしかめっ面をする。その顔がおかしくって、俺は思わず笑ってしまった。好きな子の気を引きたくて、苛めてた奴らの気持ちが今ならわかる。これはちょっと、癖になりそうだと思う。…それでも、泣かれると本当に困るのでほどほどにはしないとな。
「もう、真面目に言ってよ」
「そーだなぁ」
考え込むように腕を組んで、悩むような振りをする。そうしてまた、うな重5人前?とか言ったらあかりにまたむっとされて。それがおかしくてまた笑ってしまう。
「そんなの自分で買えばいいじゃない。
お給料貰ってるんでしょ?」
「まぁなー。でも殆どは使っちゃわないように貯金されてるし」
「え、ヒカルが?」
「いや、お母さんが」
「だよねー。びっくりした。
ヒカルすごいとか思っちゃったよ」
そうして今度は、あかりが声をあげて楽しそうに笑った。さっきまでの追い詰められたような感じではなく、気が抜けたように。
やっぱり、と思う。
何を気負って居たんだか。
きっと俺の負けでいいと言ったところで納得なんてしないだろう。
―――だったら。
「あかり」
「ん?」
笑うあかりに少し真面目な顔をして、あかりの腕を掴んで手を握る。右手にあかりの左手を、左手にあかりの右手を持って。
あかりが真っ直ぐ俺を見る。
だけど俺はそれを見返すことが出来ず、少しうつむいてあかりに言う。
我ながらなんて恥ずかしい。
だけど、今は言わなきゃいけない気がするから。
「あかりさ、もっとわがまま言っていいよ」
「―――え?」
きょとん、とした顔であかりが聞き返す。
あぁもう、そんな何度も言えるかよ!一度で聞けよ!
「言いたいこと、たくさんあンだろ。ちゃんと言えよそうゆうの。そうじゃなきゃ、俺なんの為にお前の側にいんの」
「ヒカル…」
「だからわがまま言ってくれ。
それが俺の『お願い』、な」
そこまで言って、ちら、とあかりを上目で見る。
相変わらずあかりはきょとんとしていて。
――頼むから!
――察してくれ!
そんな逃げ出したい思いでいっぱいになる。(ほんとガラじゃねぇ…!)
だけどあかりは相変わらず反応が無く、ただぼけーっとしていて、通じたんだか通じていないんだか。判断しかねて、思わず、あかり?と声をかけた時だった。
ポロリ、と零れた大粒の涙が一つ。
びっくりして、俺は思わず叫ぶ。
「おま、何!何泣いてんだよ!」
「だ、だって〜」
どうやら涙はあかりの意思では止まらないらしい。あかりは自分でごしごしと涙を拭こうとするのに、それは留まることが無い。
俺はどうしたらいいか分からず、とりあえず手短にあったタオルをあかりに渡す。
「ほら」
「あり、がと…」
受け取ったタオルを顔にあて、タオル越しに鼻をすする音が聞こえる。たのむから泣き止んでくれよ、なんて情けないこと思いながら、ただその様子を見守ることしか出来なかった。
そうして黙ること数分(たぶん)、タオル越しに聞こえる嗚咽が少なくなった頃、あかりが少しだけタオルをずらして、目線だけをこちらに向けて。小さく呟いた。
「ヒカル。…大好き」
一瞬言われた言葉の意味がわからず、俺は目を見開いて。
直後理解したその意味に、咄嗟にどう返していいか分からなくて。
「お、おお」
と、それだけ返した。(なさけねぇ)
たぶん顔が赤くなってんだろうな、ってなんとなく自覚した。
「当たり前だろ。俺はプロだぞ?」
目一杯ハンデを与えているとはいえ、部活レベルの一般人に負けるようではプロの名折れってもんだ。じゃじゃらと碁石を色分けして片付けながら、あかりはがっかりしたようにため息をついた。……こいつ本気で勝つつもりだったんだろうか。
「じゃあ、何頼もうかな」
「え?」
「あかりが勝ったらあかりのお願い聞くってことは、俺が勝ったら俺のお願い聞いてくれるんだろ?」
そう言ってにやり、と意地悪く笑ってみせる。
やっぱり、そうじゃなきゃ賭けの入った勝負事なんて面白くない。
「そ、そうだけど…。
私が出来ることにしてね?」
「じゃあ特上寿司3人前」
「〜〜っヒカルの意地悪!」
そんなの買えるわけないじゃない!とあかりがしかめっ面をする。その顔がおかしくって、俺は思わず笑ってしまった。好きな子の気を引きたくて、苛めてた奴らの気持ちが今ならわかる。これはちょっと、癖になりそうだと思う。…それでも、泣かれると本当に困るのでほどほどにはしないとな。
「もう、真面目に言ってよ」
「そーだなぁ」
考え込むように腕を組んで、悩むような振りをする。そうしてまた、うな重5人前?とか言ったらあかりにまたむっとされて。それがおかしくてまた笑ってしまう。
「そんなの自分で買えばいいじゃない。
お給料貰ってるんでしょ?」
「まぁなー。でも殆どは使っちゃわないように貯金されてるし」
「え、ヒカルが?」
「いや、お母さんが」
「だよねー。びっくりした。
ヒカルすごいとか思っちゃったよ」
そうして今度は、あかりが声をあげて楽しそうに笑った。さっきまでの追い詰められたような感じではなく、気が抜けたように。
やっぱり、と思う。
何を気負って居たんだか。
きっと俺の負けでいいと言ったところで納得なんてしないだろう。
―――だったら。
「あかり」
「ん?」
笑うあかりに少し真面目な顔をして、あかりの腕を掴んで手を握る。右手にあかりの左手を、左手にあかりの右手を持って。
あかりが真っ直ぐ俺を見る。
だけど俺はそれを見返すことが出来ず、少しうつむいてあかりに言う。
我ながらなんて恥ずかしい。
だけど、今は言わなきゃいけない気がするから。
「あかりさ、もっとわがまま言っていいよ」
「―――え?」
きょとん、とした顔であかりが聞き返す。
あぁもう、そんな何度も言えるかよ!一度で聞けよ!
「言いたいこと、たくさんあンだろ。ちゃんと言えよそうゆうの。そうじゃなきゃ、俺なんの為にお前の側にいんの」
「ヒカル…」
「だからわがまま言ってくれ。
それが俺の『お願い』、な」
そこまで言って、ちら、とあかりを上目で見る。
相変わらずあかりはきょとんとしていて。
――頼むから!
――察してくれ!
そんな逃げ出したい思いでいっぱいになる。(ほんとガラじゃねぇ…!)
だけどあかりは相変わらず反応が無く、ただぼけーっとしていて、通じたんだか通じていないんだか。判断しかねて、思わず、あかり?と声をかけた時だった。
ポロリ、と零れた大粒の涙が一つ。
びっくりして、俺は思わず叫ぶ。
「おま、何!何泣いてんだよ!」
「だ、だって〜」
どうやら涙はあかりの意思では止まらないらしい。あかりは自分でごしごしと涙を拭こうとするのに、それは留まることが無い。
俺はどうしたらいいか分からず、とりあえず手短にあったタオルをあかりに渡す。
「ほら」
「あり、がと…」
受け取ったタオルを顔にあて、タオル越しに鼻をすする音が聞こえる。たのむから泣き止んでくれよ、なんて情けないこと思いながら、ただその様子を見守ることしか出来なかった。
そうして黙ること数分(たぶん)、タオル越しに聞こえる嗚咽が少なくなった頃、あかりが少しだけタオルをずらして、目線だけをこちらに向けて。小さく呟いた。
「ヒカル。…大好き」
一瞬言われた言葉の意味がわからず、俺は目を見開いて。
直後理解したその意味に、咄嗟にどう返していいか分からなくて。
「お、おお」
と、それだけ返した。(なさけねぇ)
たぶん顔が赤くなってんだろうな、ってなんとなく自覚した。
*書いてる私も恥ずかしい。