32.へたくそな僕ら

 天高く馬肥ゆる秋。
 そんな言葉がふと思い浮かぶような秋らしい青空の、絶好の体育祭日和。(意味は知らねぇ)

 どこもかしこも浮かれていて、それはあかりも例外ではないようだった。
 昼休みの人ごみの中、俺を見つけて、満面の笑みで走りよってくる。その頭にはハチマキをし、髪は一つにまとめてポニーテールに。
 ただいつもと違ったのは、着ていたのが体操服ではなく学ランだったってこと。

「…お前応援団だっけ?」
「うん、ヒカルは?」
「俺は設営。…まぁ、適当にサボったけどな」

 前日だけだから、と任された設営係。裏方は嫌いじゃないが、疲れるんだアレは。
 俺の言葉に、あかりがダメじゃないとお姉さんぶって言う。ボタンをキッチリ閉めた学ランに、襟まで閉めて。

「つーかお前、それ暑くないか?」
「日陰に居れば平気だけど…外はやっぱり暑いかな」

 腕の長さが合わないのか、手をすっぽりとその学ランの袖に埋めて。あかりは俺の目の前で、ほら、と袖を振る。
 そうしているあかりは、やけに嬉しそうだった。

「でもやっぱり汗かいたら悪いよね。
 中に長袖着たほうが良かったかなぁ」

 そういってあかりが、心配そうに袖口を見る。
 待て待て待て。
 気がつかなかったか、そういえば。

「それ、誰のだよ?」
「これ?クラスの坂口くん。背が同じくらいだから」

 誰だよ坂口。
 てんで聞いたことの無い名前に、それでも言い知れぬ苛立ちがどこからともなく沸いて出る。

「ちなみに坂口君は私の制服着てるんだよ」

 待て待て待て待て。
 だから坂口って誰なんだよ。
 ていうか誰だよそんな企画した奴は!

 むかむかと。
 それがどうってことないことだと分かっているけれどこの苛立ちは治まらない。

「あかり、ちょっと来い」
「え、何っ…」

 あかりが全部言い終えるより早く、俺はあかりの手を引いて廊下を足早に歩く。
 教室までは大した距離じゃない。
 いつもの角を曲がり、廊下を進み教室のドアを乱暴に開ける。
 そのドア口で呆然と見つめるあかりに、俺は自分の椅子に無造作にかけておいた学ランを引っ掴み、あかりの頭にばさっとかぶせる。

「ヒカ」
「それ着ろ」

 ……自分でも。
 分かってるんだ自分でもバカバカしい事してるって。

 だけど気に食わないもんは気に食わない。

 見知らぬ坂口に恨みは無いが、せめてこれぐらいは阻止させてもらおう。本当ならあかりの制服も奪還したいところだが、それはさすがに理性が止める。

「ヒカル…」
「何だよ」

 あかりが見ているのが分かった。
 視線は合わせないが気配で分かる。
 そうしてすぐ、あかりがくすくす笑う声が聞こえた。

「笑うなって」
「だって」

 俺の制止もむなしく、あかりは嬉しそうに…というか、楽しそうに笑い続ける。
 ちくしょう。
 柄じゃねぇことさせてんのは誰なのか分かってんのかよ?

「ヒカル、可愛い」
「…うるせぇ」

 否定は出来ない。
 だって顔が熱い。
 たぶん赤くなってるだろう。
 あかりもきっと気づいてる。

 だけどやっぱり気に食わないんだから仕方ない。

「さっさと着替えろよ」
「うん」

 天高く馬肥ゆる秋。
 召集を呼びかけるスピーカーの音が学校内に響き渡って。
 祭はまだまだ続く。



*袖を振るってね、好きだこらー、って意味があるんですよ。
そんな隠しネタ入れてみた。
きっと気づかれないのでゆってみた(笑)