どうかこの手を

written by 十環いまり様
握られた手を振り払う術なんて、始めから持っていなかった。



「・・・・ヒカル?」
目の前で俯く幼馴染みに、小さく問う。
居心地の良い彼の部屋にオレンジ色の光が差し込んで、
時々、子供たちの声が届いた。



カーテンが揺れて、優しい風が入ってくる。



「・・・ねぇ、ヒカル。どうかした?」
もう一度、小さい声でそう聞く。
それでも彼は何も言わなくて。

ただ、さっきよりも強く、私の手を握った。



心臓がドクンと跳ねる。
どれくらい、こうして手を握られているのだろう。
今日のヒカルはどこかおかしい。
何か言いたそうで、でもすぐに口を噤んで。
首を傾げていると、突然私の手を握っては、そのまま俯いてしまった。



・・・・・困った、というのが正直なところ。
ヒカルがこんなことをするのは初めてだし。
それに、私にとってヒカルはただの幼馴染みじゃなくて。


・・・・好きな人に手を握られて、普通になんてしていられるわけがない。
この関係を崩したくなくて、ただの幼馴染みを装ってはいたけれど
私だって、普通の女の子なんだよ?





「・・・・あかり。」
呟くように呼ばれた自分の名前に、ハッと顔を上げると。
ヒカルは相変わらず俯いたまま、それでも言葉を繋いだ。
「昨日、一緒に居たの、誰?」
予想もしなかった内容に目を瞬かせる。
「昨日・・・?」
「お前んちの前で、話してたじゃん。」
いつもより低いヒカルの声に少し驚きながら、記憶の糸を手繰りよせる。
・・・・そういえば。
「同じクラスの人だよ?」
同じ委員会になって、昨日はたまたま遅くなったから。
家まで送ってくれた、クラスメイト。
「それが、どうかした?」
するとヒカルはまた黙ってしまって。
わけわかんない。
そう、小さく息をついた。

「・・・・昨日、お前が知らない奴と話してるの見て。」
突然ヒカルが言い出した。
え?と問い返す間もなく、ヒカルは続ける。
「なんか・・・・・すげーむかついた。」
私はじっとヒカルを見る。俯いた彼から、言葉が出るのを待った。
「俺の知らないお前みたいで、やだった。」

ゆっくりと顔を上げるヒカル。
その瞳に、真っ直ぐに見つめられて。

いつもその瞳に映るのは、彼にとって一番のモノと思われる碁盤と碁石。
碁をしている時にしか見せない真摯な眼差し。


そこに今、私がいる。


ゴクリ、と喉が鳴った。








「俺から、離れんなよ」



何故か哀しそうに、呟いたヒカルは。
見たこともない”男の人”だった。


時が止まった。そう、思った。











握られた手を振り払う術なんて、始めから持っていなかった。



この手は、追いかけることしか知らなかったから。





*From KIRYU
もう…!もう…!(萌)あかりちゃん可愛い可愛い可愛い!!これ見た時あたしもうどうしようかと思った(笑) 最後の部分で留めの一撃…!まるで映画のワンシーンのような情景が目に浮かんで。ありがとう十環さん!!(らぶ!)