ユキノハナ 沙桐sidever

 目が覚めて。
 なんだか視界が明るかったから不思議に思って降ろされた御簾をくぐって外に出てみたら視界が一面真っ白で咄嗟に言葉も出なかった。
「志野っ!志野―――っっ!!」


 朝っぱらからこれでもかってぐらい大きな声で幼なじみの女房を呼ぶ。きっと近くで控えている筈だ(志野はいつもあたしよりずっと早く起きるから)。
 だけど志野が来るより早く、あたしは庭先へ出る。

 真白い、雪。

 朝のお日様の光を浴びて輝いて。
 眩しいくらいに輝いていて。


「わぁ…!」


 思わず吐息と共に零れた言葉は言葉にはならなかった。
 吸い込まれそうな白。こんなにも真っ白な風景をあたしは他に知らない。どんな色彩をもってしてもこれだけは描けないんじゃないかって思う。
 だってこんなにも。
 眩しくてでも儚くて。
 優しい色だ。それでいて透明感のあるような。

 雪に触れる。
 冷たい。

 だけどその冷たさすらも優しいと感じるのは何故だろう。

 積もった雪の表面に触れたらさらさらと崩れた。
 粉雪、かな。
 少しすくって袖にかけてみるが溶けずに零れ落ちた。


 ―――どうしてだろう。
 わからない。
 わからないけど、でも。

 ―――切なくて切なくて、仕方が無いんだ。


 胸の奥がぎゅうってなる。
 咽が痛くて。
 目頭が熱い。

 ―――泣きたくなるような、切なさ。

 だけど悲しいとかそうゆうんじゃなくって。
 もっと心が踊り出すような。
 そんな気持ち。

 自然と頬が緩んで、どうしてか嬉しくて笑ってしまう。
 どうして嬉しいの。
 だって雪なんて毎年見てるのに。
 毎年、見てるのに。
 どうして、こんな。


「姫様?起きられたのですか?」


 そんなあたしの思考を遮って、志野の声が聞こえる。そうしてあたしはその姿を確認するなり、興奮冷めぬ声で志野に言う。


「見て志野!すっごくキレイだよー♪」
「姫様!そんな格好で外に出てたら叱られちゃいますよぉ!」
「え?あ、そっか」


 そう言われ、てへへと笑って答える。あたしは起きたばかりの格好で、まだ小袖(こそで)姿だ。さすがのあたしもこれはマズイかな、と思いしぶしぶながらも志野に従う。

 顔を洗って。
 着替えて。
 御飯食べて。
 そうしたらもう一度あの真白い雪に触れよう。
 どうしてとかなんでとか。
 分からないけど取り敢えず今は。


「志野、後で雪合戦しようねっ」


 ―――300年振りのこの雪で。





*結局目覚めた沙桐はたった数日の時間しか経っていなかったわけだけれども、では沙桐が黄泉で過ごした(もしくは感じた?)300年は何だったんだろうと。それが思い込み(意識操作?)によるものであれ、沙桐が300年を感じたという事実は偽りなく、そしてそれはあまりにも長い時間だなと思うのです。