Love Battle

 好きな人ができました。
 だけど彼は大変な人気者なのでライバルも多くて。
 ―――でもだからって。
 最大のライバルが先生(しかも男!)って、それってどうなの?
「―――常磐くん?」
「あ、さん。どうしたの?」


 そう、いつもの爽やかな笑顔で常磐くんが私に問う。
 いつもの見慣れた保健室。白塗りの壁は元より、部屋の片隅に並べられたベッドもそれを囲うように付けられたカーテンも白系統の配色がなされていて清潔感を漂わせている。
 消毒の、病院みたいな匂い鼻腔をくすぐる。


「ちょっと、手、切っちゃってさ」
「大丈夫?」
「うん、平気。ちょっとだけだもん」


 そう言って、ホラ、と切れた指を常磐くんにも見えるよう差し出す。カッターの切り傷。ちょっとドジってしまって、大した事は無いがさすがに流血しっぱなしは色々と不都合だ。


「…さんて、案外ドジだよね」


 そう言う常磐くんは柔らかく笑っていて。嫌味の無いその笑顔に、私も思わず頬を綻ばせる。

 ――やっぱり、いいな。常磐くん。

 そう思った直後の事だった。
 横から白衣に包まれた腕が突然視界を横切り、差し出していた私の腕を鷲掴みにして自分の目の前にもって行かれる。
 私より軽く30センチは高いんじゃないかと思えるほどの長身のその人。
 私の手をマジマジと見て、胡散臭そうな笑顔で言った。


「これはまたバッサリやったねぇ。おドジなさん?」
「おドジで悪かったわねっ。いいから早く手当てしてください!」
「慌てない慌てない」


 そう言って、怪しげ満載にふふふと笑う中務先生。
 東宮生徒会長と同じ顔だというのにどうしてこうも違うのか。すごく謎だ。果てしなく謎だ。
 そうこう言いあってる間に、常磐くんが苦笑していて。
 じゃあ私はこれで失礼しますね、と丁寧にもお辞儀をして保健室を後にした。
 例え胡散臭くても怪しげ満載でもこの人が先生である事には違いない。
 不本意ながらも、私も常磐君に倣って敬語で、中務先生へ抗議する。


「折角のチャンスが台無しです」
「おや。君が彼に懸想しているなんて知らなかったな」
「嘘ばっかり。知ってたくせに」
「ふふふ。ライバルに塩を送るほど私は甘くは無いのだよ」


 いけしゃあしゃあとそう言ってのける中務先生に軽く蹴りを入れ、捕まれた腕を強引に振りもどし解放して、勝手知ったる我が家と言わんばかりにワゴンの台に仕舞われたバンソウコウを手にする。


「じゃあこれ、貰っていきますね」
「消毒は?」
「結構です」
「それは残念」


 ……何が!?
 そうは思ったが聞くだけ無駄な気がして、そのまま出入口のドアへ向かう。
 白い引き戸の、取っ手に手をかけて。
 上半身だけ振りかえり、軽く先生を睨みつけて、最後の捨てゼリフを言う。


「―――私、負けませんから」


 中務先生はその言葉に、珍しくも驚いた表情を見せ、だけどすぐさま飄々と、楽しみにしてるよとそりゃあもう余裕綽々に言ってのけた。
 中務先生のクスクスという笑い声をBGMにドアを乱暴に開け乱暴に閉める。


 宣戦布告。
 諦めてなんてたまるもんですか。
 あの人が相手なら、尚更。

 両想いになれずとも、せめて常磐くんを魔の手から守らなければ!

 私は決意新たにそう誓った。





(…でもやっぱり、両想いにはなりたいんだけどね)