good morning

 久々の二人だけの時間。流れる雰囲気はとても穏やかで先ほどまで共に宴を楽しんでいた彼らの期待とは大きく外れるものだった。
 ショー素敵だったよ、とか。
 そういえば昨日ね、とか。
 そんな他愛も無くてだけど普段はあまり出来ないような話をたくさんたくさんして。身振り手振りで力いっぱい話す沙桐に陽朔が相槌を打ってまた話をして。
 こんな時間は久しく無くって。穏やかで楽しくて嬉しい時間。
 思いがけずこんな風に二人で朝を迎えるなんて思いも寄らなかった。

 昨夜の事件。
 一難去ってまた一難とはこの事か。
 せっかくの宴だというのに。

 だけどそのせいだけだという訳ではないだろう。
 徹夜明けだし。例えどんなに楽しくともたくさん話して疲れたというのは頷ける。
 頷けるがだがしかし、これは。

 陽朔は思わず嘆息を漏らす。


「……信頼してくれるのは嬉しいけど、これは…」


 視線を下に落とすとそこには規則正しく寝息を立てる男装姿の最愛の姫。安心しきった顔で。自分の膝を枕にして。
 問題は自分の膝が枕になっている事などではなく。

 静かに閉じた瞼と、緩んだ口元。
 膝に触れる頬の体温。力なく零れ落ちた白く華奢なその手。

 陽朔の脳裏に、昨晩の父親である帝の言葉が否応無しに浮かぶ。
 『入内前に姫をはらませるなよ』
 えぇもちろんそんな事はしませんよ。するわけがない(したくないというわけではなく)。
 だけどでもこの状況は。


「沙桐……いくら私でも、さすがにこれは無防備過ぎだと思うよ…」


 溜息混じりに落とした言葉は誰に拾われるでもなく朝の鳥たちの鳴き声にかき消される。
 どうしたものか、と思案して、起こさぬよう静かに沙桐の頭を膝から下ろす。

 女房達に寝床を用意してもらわなければ。
 だけど騒ぎ立てて起こすのは忍びない。

 そう思い、陽朔は女房を呼びに行くべく静かにそろりと沙桐から離れ席を立つ。
 そうしてそのまま離れようとしたが、思い立って再び膝を折って。
 眠る沙桐の横顔に、屈んでこめかみに口付けを一つ。


「これくらいは、いいよね。沙桐」


 悪戯にそう囁いて、再び立ち上がって陽朔は部屋を後にした。


 鳥の鳴き声と優しい朝陽が射し込む、幸せすぎるほど幸せな、朝。