はつこい

 セシリアにはお気に入りの本がある。
 フレッドが買ってくる本は決まって不可思議な話が多くて、いつも一体どこで見つけてくるのだろうかと不思議でならない。けれどそんな数々の本にも時折真っ当なものもあるようで、今このベッドサイドに置いてある本もそうなのだろう。丁寧につけられたカバーが痛んでいるのは、繰り返し読んだという他ならない証拠だ。

 癇癪の末、ようやく眠りについた小さな姫の―――妹の安らいだ顔に、思わず頬が緩む。

 セシリアは恋愛小説を好んで読む。特に“身分違いの恋”とか、“禁断の恋”とか、そういう所謂“ロマンチック”な恋物語が好きなようだった。以前一度、頬を紅潮させて熱く語るセシリアに聞いたことがある。


 ―――貴方なら、どんな恋をしたいですか?


 驚いて、意外そうな表情を見せたけれど、その時は素直に答えてくれた。


『一緒にお茶がしたいわ。それでその後は手を繋いで散歩して、つかれたら四阿で休むの。キレイな花を見つけたら、一輪摘んでくれたら嬉しいわ。』

『意外と普通ですね』

『いけない?』

『いえ、素敵だと思います。ただいつも貴方が読む本とはあまりにも違うから、少し意外でした。』

『そりゃあね、わたしだってたくさん夢みてるわ。物語みたいな恋ができたらなんて素敵なんだろうって。でもね、いつも考えるの。“じゃあ本当にわたしがそうなったら?”って。』


 その時、一瞬表情が沈んだ気がした。
 …自分の、何と、想いを被せたのだろうか。


『本当の恋はね、リヒャルト。…普通でいいの。いつも一緒にいてくれたら嬉しいわ。だけどきっとお仕事が忙しいだろうから、時間のあるときは会いに来てくれて、笑って欲しい。…わたしも、素直に笑えたら良いんだけど…』


 それは、明らかに誰かを想いながらの台詞だった。
 彼の人との様子を思い出して、最後の言葉の意味を理解する。


『そんなものですか?』
『そうよ。貴方は本当に、こういうことには鈍いわねぇ。』


 女性の方が男よりも早熟だとは聞くが、いつものあどけない妹が少しだけ大人びて見えて、驚いたものだった。
 女性を好ましいと思うことはあっても、それが恋ではないことは知っていたから、初恋もしていない自分には理性的に理解はしても、どこか遠い感覚のものでしかなかった。そうなのだろう、という想像の範疇を越えることがなかった。

 のに。

 自分のものではなかった感覚が、今はこの手の中にある。
 胸の内に絶え間なく溢れている。
 走り出したくなる衝動に、時折唇をかみ締める。

 音にならない声で、あの人の名前を呼ぶ。


 ―――ミレーユ。


 あなたともっと一緒にいられたら。
 一緒にお茶をして、手を繋いで散歩をして、疲れたら四阿で休んであなたの好きな花を摘んで。
 あの双子ほどではないけれど、やっぱり兄妹だなと思う。
 今なら、あの時のセシリアの言葉の意味をこの身で理解できる。


 ―――本当の恋はね、普通でいいの。


 それが叶わない願いだと、知っているけど。
 もう一度、祈る様に名前を呼んだ。

 恋を教えてくれた、あの人の。





* リヒャルトを書くつもりだったのに、どうしてか途中でセシリア書くのに夢中になったw
セシリアってフレッドにどうしてほしいんだろうなぁとか。

…………だってフレセシが好きなんだ…!笑