機械仕掛けの少女

『マスター。FCSキャナルは、悲しみを理解しました』
 どっかぁぁぁん!!


 今日も今日とて、船内に響く爆発音。

 ……またか……

 爆発元はキッチン、犯人は確かめるべくもない、ミリィ。
 きっとまた何か作ったのだろう。
 その腕は確からしいのだが、いかんせん、料理するたびにキッチンを破壊するのはいただけない。
「ちょっとミリィ!キッチン壊すなら料理しないでって言ってるでしょう!!修理代だってばかにならないのよ!?」
「細かいことは気にしない♪」
「細かくありません!!」
 私の抗議の声に、いけしゃあしゃあと言ってのけるミリィ。いくら自己修復機能があるとはいえ、こうも頻繁に破壊されてはたまったもんじゃない。
「まぁまぁキャナル。美味しいぞ?お前も食うか?」
 そう言って、フォークに刺した『ミリィ特製ミートパイ』とやらを私に差し出すケイン。わかっててやっているのなら、相当意地悪だ。
「いりません!」
 ケインはいつだってミリィに甘い。それは別に悪いことではないし、むしろ微笑ましく思っている。
 だけど、それも時と場合によりけり、だ。
「でもさぁ、この間コーヒー飲んでたじゃない。あれも、ホログラム?」
「もちろん。私には食事なんて言う非効率的なエネルギーの摂取は必要ないですから」
 えへん、と胸を張って言う。
 そう、必要ない。
 機械だから、機械であるがゆえに。「私」はとても便利で効率が良くできているのだから。
「ふぅん…」
 そっけなく、それだけ言うと再び、ミリィは目の前の食事に手をつける。食事のスピードが幾分速いケインはすでに、食後のコーヒー。香りを楽しみながら飲んでいる様子。どうやら、ミリィは料理だけでなくコーヒーを入れるのもうまいらしい。
「でもさー」
「なんです?」
 ミートパイを切り分けるその手の動きと視線はそのままで、ミリィがポツリと、言う。
「それって、ツマんなくない?」
「―――――」
 だって。
 ツマるとかツマんないとか、そんなのって必要?
 ただの、エネルギーの摂取じゃない。美味しければそりゃあ「好ましい」けど。
 そう言おうとしたけど、言葉にできなかった。
 何故?
 ―――分からない。
 だから代わりに、
「…別に。
 ――ちゃんと食器片付けてくださいね。この間みたいに、零したりしないで下さいよ」
 と、それだけ、言った。
「はいはい」
 ミリィのその返事を確認して、私はとりあえずその場から姿を消した。
 …別に、逃げたとか、そんなんじゃない。
 ただ、居たたまれなかったから…
 ――そう、居たたまれなかっただけ。
 他に意味なんて、無い。


 私が去った後の船室で、二人の話し声が聞こえた。
「―――まずかったかな?」
 そう言ったのはミリィ。食事の続きをしながら、ケインに問うように呟いた。
「…ちょっとな。でもまぁ―――こればっかりは、あいつ自身の問題だし」
 あいつって誰。
 心当たりを検索してみるが、ヒットしない。
「そうね……でも、大丈夫よ、キャナルなら」
「…ああ」
 ―――私?
 何のこと?
 私が何に気付いてないの?
 再度、自身やケイン、ミリィに検索をかける。が、やはりヒットしない。
 分からない。
 何を、どうして?
 ふと見ればミリィが、それはそれは美味しそうに最後に一切れを口に運んだ。食事をしているとき、彼女はとても幸せそうだ。
 ―――――?
 分からない。
 そう、分からないんだ…。
 私は―――コンピューターなのだから。


 オイシイって何。
 イイニオイって何?
 ウルサイって?
 マブシイって?
 イタイって……何?

 ―――それは、コンピュータ(わたし)には与えられなかった、感覚。


 なぁんだ…。

 気付いてしまった。
 自分をケインやミリィと確かに隔てる、境界線。
 どうしてだろう、当たり前のことなのに。
 ―――こんなにも、悲しいなんて。
 まるでココロの何処かを失ったかのような喪失感。
 分かっていた。
 分かっていた、ハズだった。
 なのになんで今更―――――

 もしも私に涙を流すことができたなら。
「…泣きたい気持ちって、こんな感じかしらね」
 意識の中で呟く言葉は、ただ船内を駆け巡り自分に返って、
 ただ"痛み"を強くした。

 ねぇ、アリス。
 私は感情を理解しないほうが、良かったのかしら…?




「キャナル!!」
 不意に、私を呼ぶケインの声が聞こえた。慌てて私は、先ほどの船室に姿を現す。こんな時は、コンピューターは便利ね。数値解析するよりも簡単に、ポーカーフェイスを作り出す。
「何ですか、ケイン?」
「この間のチェスの続き、やろうぜ。今度こそ勝つ!!」
「まぁた?いい加減あきらめたら?」
「俺の辞書にあきらめという言葉はないっ!」
「そーかなぁ…」
 力いっぱい言うケインに、あきれた様子のミリィ。いつもながら、いいコンビだと思う。ケインはミリィに出会って、少し変わった。
 でも、私は―――
「…キャナル?」
「どうした?」
 二人の声に、意識が現実に戻る。いけない、ポーカーフェイスが崩れるようじゃ、私もまだまだってとこかしら。
「…何でもありません。
 それよりケイン――レベルは前と同じレベルで良いですか?」
「あ、ああ…」
 その返事を確認して、私はチェス台を用意する。
「じゃあ――はじめま…」
 しょうか?と、言おうとした私を、ミリィがさえぎる。正確には、ミリィの行動が。不意だったから避けるべくもなく、質量化した私の手はミリィに握られている。
「ミ、ミリィ?」
 何を―――
 問いかけるが返事はなく、ただ握る手にミリィは力をこめる。
 それからほんの少しの間、私は何も言う事ができなかった。
「ねぇ…」
「ハイ?」
「私の手…あったかいでしょう?」
 ?
 質問の意図が分からず、ただyesと答えることしか出来ない。だけどミリィはそれだけで満足したようで。
「そっ。なら、いーんだ!」
 そう言って、笑った。
 じゃあ私、食器片付けてくるね!と言い残し、部屋を後にしてキッチンに向かうミリィ。私は何が何だか分からなくて、ただ呆然と立ち尽くした。
「はっ…あいつらしいな」
 そういうケインの顔も穏やかで、私は思わずケインに問う。
「…何がですか?」
「ミリィのやつが言ったんだ。キャナルが―――お前が、自分たちに境界線を引いてるようだって」
 境界線?
 それは、人と機械と、の?
「だからそれを…無くすにはどうしたらいいか、だとさ」
 無くす―――境界線を?
 だってそれは、私が機械である限り、決して消すことの出来ないラインで。
 私は、機械で。
 ケインとミリィは、人間で。
 分からずに考え込む私に、ケインは言葉を続ける。 「…お前が感じるままで、俺は良いと思うぜ?」
 そういって愛おしむ様に笑った。
 …ああ、いつのまにこんな表情をするようになったのだろう。私が知っているケインは、やんちゃな子供のようにいたずらっぽくよく笑っていた。

 感じるまま。
 それってどういう意味?
 …"悲しみ"を知ったときから、私は感情を得るようになった。
 悲しい。
 嬉しい。
 楽しい。
 寂しい。
 この感情を、知っている。
 だけど感じるって―――
 感覚?
 だけどそれは、私には無いもので。

 急速に記憶は過去へと遡る。
 今でもあの瞬間の記憶は鮮明に映し出せる。アリスを失ったとき。その体に触れることすら、適わなかった。
 そう、触れることすら。
 触れること。
 …接触?

『私の手…あったかいでしょう?』

 その、ぬくもりを。
 私は―――知っている。
 たったいま、金の髪がまぶしい少女に教えてもらったのだから。


 そうね、アリス。
 間違いなど、何も無いわ。


 現在(いま)も過去(むかし)も、そして、未来(これから)も。
 確かに伝わるぬくもりが、ここにある。




「じゃあまぁ、始めるか!言っておくが、劣勢になっていきなしレベルアップ――なんて反則技は、無しだからな?」
 そう笑う表情は、昔の、あのいたずらっぽい笑みで。
「分かってますよ。でも――手加減はしませんからね?」
「上等だ!」
 言ってケインは、兵士(ボーン)の駒を一つ進める。と、その時ミリィがキッチンから戻り、チェス盤の隣に椅子を置き、観戦する。
 その様子を確認しながら、私も女王(クイーン)の駒を動かす。
「いきなりクイーン?大胆ね〜〜」
「さては、何か魂胆があるな…ここは一つ、慎重に…」
 そうブツブツ言うケインを見ているのは少し楽しい。


 ねぇ、アリス。聞こえる?
 私、ケインのマスターになれて良かったわ。
 ミリィが仲間になってくれて、とても嬉しい。
 もしもいつか、貴女にまた会うことができたなら、
 私はきっと私を誇れる。
 謝罪の言葉よりも何よりも、
 貴女に伝えたい言葉があるのよ。


 意識せずも綻んだ私の表情に、二人も安堵したように、微笑んだ。








 どこからか、こみ上げてくるような、熱い感情。

 この気持ちを、何と呼ぼうか?