涙×笑顔

「なぁ、ミリィ」
「何よ?」

 料理をする手を休めずに返事をする。
 今日のご飯はお得意のミリィ特製ミートパイ。

「俺はちゃんと、お前の事好きだからな」
「なっ……何よいきなり!」

 思わず手にもっていたミートパイの生地を落としそうになる。

「いや、そういえばきちんと言ったこと無いなって」
「だ、だからって…」

 鼓動が早くなる。
 背を向けているのに、痛いくらいの視線を感じる。
 振り向けない。
 振り向いたら―――負けだ。

「だから、さ」
「…な、何よ」

 極力冷静を装って作業を続ける。
 後ろからなら、真っ赤になった耳朶もきっと見えない。
「…一人で、泣くなよ。卑怯だぞ?」
「―――――っ!」

 何故、知ってるの?
 どうして知ってるの。
 それは例えばケインが単独で仕事へ行ったとき。
 例えばケインが忙しくて一人で買い物へ行ったとき。
 それはいつも突然訪れる。
 どうしようもなく不安になって、
 どうしようもなく涙が溢れた。
 その涙を攫う風はいつも冷たくて、更に溢れた。

「俺は、ちゃんとここに居るだろう」

 振り向いたら、負け。
 だけど振り向かずには居られなかった。
 涙目で振り返る私を、ケインは不敵に笑って抱きしめた。

 かなわない、なぁ…。

 いつからこんなに弱くなった?
 もうずっと。
 ずっと一人で、生きてきたのに。
 涙なんて忘れてしまっていたのに。
 熱を伴った頬を、幾筋もの涙が流れた。




 * * *




「違いますよ」

 人の心までも覗き込むのが得意な彼女は言った。

「ミリィは弱くなったんじゃないわ」

 そう、鮮やかに笑うキャナル。

「強くなったから、泣くのよ」

 きっとケインのおばあさんもこんな風に笑ったのだろう。
 それはとても優しい笑顔。

「ケインの、おかげね」

 誇らしげに。
 花の香を孕んだ春風のような優しさ。


 やっと手に入れた。


 ―――ここが私の帰る場所。





*JOKERより再録