What color is this feeling ?

「ミリィ、今日は暇か?」
「暇だけど…何?」
 何か用、と言わんばかりにこちらを凝視するミリィ。次の返答を待っているのだろう、俺は用意しておいた言葉を伝える。
「今からちょっとそこの衛星港に船を着けるから、ちょっとおつかい頼まれてくれねーか?頼んでおいた商品を取りに行って欲しいんだ」
 じきに着く、惑星の衛星港をモニターに映し、同じ画面に買い物先の店の写真と地図を表示する。もちろんこれは、キャナルの仕業。
「いいけど…何?」
「そのうち分かる。店のほうにはもう連絡してあるから。よろしくな」
 画面に表示された一部をプリントアウトし、ミリィに手渡す。ミリィはそれを受け取りながら、ジッと俺を見据えて、言う。
「…ケインは?」
「俺はちょっと…やる事があるんだ。キャナルのメンテもしないと…」
 と、視線をそらす。睨み返そうものなら、思わず口をついて出てきそうだったから。今はまだ、まずい。
「あと30分ほどで着くから、用意しておけよ!」
 そう言い残して俺はミリィの部屋を後にした。




 ずっと闇の中に居た。
 子供のころはただ純粋に、
 あの青い空に手を伸ばすことができたのに。
 限りなく広がる緑の草原が、
 ただ漠然と愛しく思えていたのに。

 いつの間にか翼を欲しがることを止めた自分が居た。





「ミリィ、行ったか?」
「えぇ。準備、始めましょうか」
 衛星港に着いて、ミリィは早速、頼んだ物を取りに行った。その間、俺たちにはやることがある。
「レイルとニーナは?」
「少し遅れるそうですよ」
 そうか、と返し早速準備に取りかかる。準備といっても、仕事やメンテナンスとは関係ない。それは、ミリィを煙に巻くための嘘なのだから。

「それで?ケイン」
「あぁ?」
「…何か、分かりましたか?」
 そう問うキャナルの声はいささか沈んでいるようだ。準備の手は休めず、答える。
「いや…」
「―――そうですか」
 それ以上は、お互いに何も言わなかった。言えなかった。
 懸念していることは、二人とも同じ。
 だけど何もできなくて。
 …できないからこそ、今日はこうしているのだが。




 色とは光による人の感覚であると、いつだったか聞いた。
 光が無ければ色は見えない。
 その鮮やかな色彩を、
 目にすることは出来ないのだと。
 闇という暗幕は全ての光をさえぎり覆い尽くすのだと。

 そうして澄み切った青も緑もいつしか忘れた。





「久しぶりだな、ケイン」
「遅くなってごめんなさい」
 そう言って現れたのは、約束の時間を一時間以上も遅れてきた元星間警察のニーナとその警部だったレイル。
「1時間6分34秒の遅刻ですね」
「相変わらず手厳しいな」
 キャナルの声にそう言って笑うレイルは、警部だったころと少し違うようだ。言うなれば、一皮向けた、ような。
「まぁ、いいわ。二人はキッチンのほうをお願いして良いかしら?」
「分かりました」
 元気良くそう答えたのはニーナ。船に触れられては危険だという、キャナルの警戒…配慮だろう。手早く身支度を終え、キャナルの案内の元キッチンへ向かう二人。
 その後姿を見送った後、俺は溜息を一つついた。




 光を失って、闇に包まれたのは俺だけじゃない。
 それはきっとキャナルも、同じで。
 色彩を失った世界では前も後ろも、そして隣を見ることも適わない。
 ただ、前に進むだけ。
 彷徨う事すら、許されなかった。

 必要だったのは青い海を泳ぐためのヒレではなくただひたすらな強さだった。





 時間と共に準備はどんどん進んでいく。殺風景な船内の一室が、鮮やかに彩られていく。
 ミリィが帰ってきたら、どんな顔をするだろうか。
 想像したら、思わず笑みがこぼれた。
「どうかしました?ケイン」
 すかさずキャナルが言う。この船内で、キャナルに隠し事するのは難しい。
「いや…あいつ、どんな顔するかなと思って」
「そうね…喜んでくれると良いのだけど」
 そう言って静かにキャナルも笑んだ。
 今日は、ミリィの誕生日だから。




 暗幕を取り除いたのは金髪の少女。
 それから世界は鮮やかに色づいた。
 己の力量すら信じることのできなかった自分を、
 全ての責務を己のうちに閉じ込めるしか出来なかったキャナルを、
 光ある世界へ導いてくれたのはきっと彼女だ。

 もしもミリィに出会わなかったら、今、自分たちはどうなっていただろう。





「…どうしたんでしょうね、ミリィ」
 それが帰りを心配して出た言葉ではないないことは、わかっている。分かっているから、何も答えることが出来なかった。
 ずっと、
 聞きたくて聞きたくて仕方ないことがある。
 なぁ、ミリィ。
 どうして―――
「どうして、泣いていたのかしら…」
 それは数日前。
 ミリィの様子を変に思ったキャナルが、こっそり調べた事。
 自室で一人静かに泣いていたという。
 本人に問うことは出来なかった。盗み見をした――という事実が後ろめたいということもあったが、それ以上に聞くことがためらわれた。
 だけど当の本人は、それきり、いつもと変わらない。
 変わらないから。
「私たちじゃ、力になれないのかしら…」
 そう呟くキャナルの心中はきっと俺と同じだろう。
 ならばせめて、と今日のパーティを提案したのは他でもない、キャナルだ。




 自分の無力さが、こんなにも悔しい。
 涙の理由を問いたい。
 力になってやりたい。
 迷うことも進むことも、出来るなら、一緒に。
 だけど自分たちには確かな約束など、無い。
 だから、聞けない。

 ―――それでも。





「あ、ミリィ帰ってきたみたいよ」
 それから数時間後、買い物を終えたミリィが船へ近づいてくるのをキャナルが感知して、皆に告げた。
「レイル、ニーナ。そっちはOKか?」
 テーブルの上に所狭しと並べられた料理は、勿論レイルとニーナが作った―――ものではない。二人が用意していたのは酒やサイドメニューの簡単なもので、メインは殆どキャナルの自動調理器である。が、この自動調理器も以前とは違い、ミリィのレシピを使用したもの。何だかんだいいつつも、やはりミリィの料理は絶品だ。勿論本人作成とは違って料理過程は至って普通だが。
「OKです〜」
「そっちはどうだ」
「こっちもOKですよ」
 レイルの問いに、答えたのはキャナル。いつの間にか自分以外は皆、正装に着替えていた。…一体いつのまに。
「…俺も着替えたほうがいいか?」
「マント外すならね」
「それなら、いい」
 即答する。誰がなんと言おうと、例え正装しようと、マントは外せない。これは俺のポリシーなんだから。
 レイルはジッと俺を凝視し、キャナルに言う。
「キャナルさんも、大変でしょう」
「分かります?」
 まるで奥様の井戸端会議のような二人の会話に、俺は、
「いいじゃねーか、別に」
 とだけしか言えなかった。




 ミリィに出会って、仲間になって、…大切な人になって。
 空の青さと草原の緑を思い出す。
 翼を焦がれて、でも大地を踏みしめていた事に気づく。
 ヒレなど無くても自由にこの海を泳ぐことができるのだと知る。

 ―――なぁ、ミリィ。俺はお前に、何をしてやれる?





 パンっパパパンっっ

 船内に響くクラッカーの音。ミリィが戻ってきて部屋に足を入れた瞬間、その音は響く。
 思惑通り、困惑した顔のミリィ。それでこそ、こっそりと準備を進めてきた甲斐があるってもんだ。
「な…何?」
 その言葉に、待ってましたといわんばかりにキャナルが前に出て言う。
「ハッピーバースディ、ミリィ♪」
 その言葉に、ようやく状況が飲み込めたのか、表情をミリィは和らげる。
「誕生日おめでとうございます、ミリィさん」
「ハッピーバースデー!ミリィさん!!」
 言って次々レイルとニーナがミリィに駆け寄る。レイルの手には花束、ニーナの手には大きな包み。推測するまでも無い、ミリィへのプレゼントだろう。
「ありがとう、二人とも」
 ミリィは持っていた包みを脇に置き、それを受け取る。先を越されてしまったが、まぁ、いいか。
「ミリィ、あなたが持ってきたその包みも、開けてごらんなさい」
「え…でも」
「あなたのよ、それ」
 そうキャナルに言われ、ミリィは二人にもらったプレゼントを置き、脇においておいた包みに手をかける。
「これ…!」
 包まれていたのは、真紅のドレス。派手でもなく質素でもなく―――きっとミリィに良く似合うだろう。
「…俺は女の服なんて分かんないからな。キャナルに見立ててもらったんだ」
「ミリィ、あんまり多く服もって無いでしょう?ドレスの一枚ぐらい持っていた方がいいんじゃ、ってケインがね。だからそれは、ケインと私からのプレゼント」
「で、でもこれ、高いんじゃ…」
 この船の金銭状況はミリィもよく、わかっている。そのせいか、どこか困惑顔だ。
「いーんだよ」
「でも…」
 納得いかない様子のミリィ。気にしなくて、いいのに。そのためにずっと、こっそりお金を貯めていたのだから。
「ミリィさん。男に貢がせるのは、イイ女の特権ですよ?」
 レイルの言葉にぷっと吹き出すミリィ。
「――そぉね。ありがとう、ケイン、キャナル」
 そう言って笑うミリィにつられ、俺もキャナルも、顔を綻ばせる。
「あぁ」
「どういたしまして」
 笑ってくれるなら、それで、いい。




 いつか―――
 約束をしよう。
 未来の約束を。
 頬を伝う涙を止めることができないなら、
 せめてこの手で拭ってやれるように。
 もう一人で、泣かなくてもいいように。

 その時は自分がミリィの泣く場所であるといい。





「ケイン!」
「んぁ?」
 パーティの合間、そろそろ終盤かというところで、ミリィが手招きをする。何だろう、と思い俺はミリィの元へ歩み寄る。さすがのミリィも、少し酔っているようだった。
「あのね…」
「あぁ」
 耳打ちするような動作に、俺は耳を寄せる。
 そうして告げられた言葉は―――
「―――――」

 ああ、
 きっとこいつには一生、敵わない。




 胸の奥からこみ上げてくるこの正体不明の感情を表すことができたなら。
 この気持ちを染めるのは、どんな色だろう。

 世界は今日も鮮やかだ。





*JOKERより再録