おかえり。

 ――なんだろう。暖かい。
 ケインはまどろみの中、覚醒し始めた意識を自覚した。
 ずっと暗い闇が続いて。
 ずっと深い闇に追われて。
 足元すらおぼつかなくて、それでも必死にあがくしかなくて、あがいてた。
 そんな、夢の中。
 ふと感じたぬくもりが懐かしくて、乞いしくて、ケインは自分の手を軽く握 る。


「―――ケイン?」


 目、覚めたの?
 握る手に力をこめてミリィは問う。目の前に眠る、まだ少し幼さを残した青 年に。
 ミリィの問いかけに、夢うつつから一気に意識が晴れているのをケインは感 じた。


「…ミリィ?」


 目の前で心配そうに自分を覗きこむ金髪の少女。
 懐かしい、ぬくもり。

 ――ああ、どうして。


「……」


 ケインの問いかけにミリィは答えることなく、ただ黙り込む。うつむいて、 何かをこらえる様に。


「どーした?」
「……ケイン…」


 俯いたまま、そう静かに呟いた。 泣いているのだろうか、そう思いケイン はもう一度ミリィに呼びかける。


「ミリィ?」


 そう言って覗き込んだ途端、ミリィは顔を上げきっとケインを睨んだ。そし て、

 バッチ――――ン!

「ったぁぁぁ!!」


 威勢の良い平手の音とケインの叫び声がが寝室内に響いた。


「なっ…何すんだよ!」


 叩かれた頬を抑えながら、抗議の声をあげるケイン。眠気など一気に吹き飛 んだようだ。


「『何すんだ』じゃないわよ!!それはこっちの台詞よっ!!」


 ミリィは溜まっていた何かが吹き出したように、叫ぶ様に言葉を綴る。


「勝手に人のこと置き去りにしといて、追いかけて来てみれば散々やられて! !
 その上キャナルのまで泣かせて何してんのよ、アンタは!?」


 あぁもぅ、こんな事が言いたいんじゃないのに。
 だけど溢れ出る言葉を止める方法など、知らない。


「いつもそうよ!?肝心な事は何も言わずに自分で突っ走って―――
 挙句皆に迷惑をかけるなんて、半人前もイイトコね!!
 追いかける身にもなってみなさいってのよ!!」


 心配で心配で仕方なくて。
 置き去りになっていつまた会えるかわかんなくって会えるかどうかもわかん なくって。
 そんなんなら、傷ついてもいいから一緒に居たかったのに。
 置き去りにされて。
 一人で。


「…ミリィ」


 本人は自覚しないままで流れていた涙を、ケインは指ですくう。だけど頬を 伝う雫は止まらない。


「心配っ……したんだから…っ」


 嗚咽が零れて、ミリィは上手く話すことが出来ない。


「うん」
「うんじゃないわよっ……分かってんの!?」
「あぁ」


 泣きじゃくる子供をなだめるように、ケインは優しくミリィの頬をその手で 包む。溢れ出る涙が、ケインの手を伝う。
 会えた事が嬉しくて。
 名前を呼んでくれたことが嬉しくて。

 二人でなきゃ嫌だなんて言うほど弱くはないけど、
 一人で生きていけるほど強くもない。


「――ありがとう」


 不意打ち。
 それは謝罪の言葉ではなく感謝の言葉。
 ――ずるい、なぁ。
 ケインの声音があんまり優しくて、ミリィの涙が更に溢れ出す。もう、無理 に止めようとはしない。


「…今度こんなことしたら、タダじゃ済まさないからね」


 流れる涙を手のひらで抑えて、いつもの様子でミリィが言う。



 ―――どうして。
 こんなに乞いしいのだろう。
 目を覚まさせるのはいつだってこの金髪の少女だ。
 もうずっと、長い間、誰かを乞いしいだなんて思った事無かったのに。
 それはきっと、キャナルも。



「…覚えとくよ」


 ミリィの台詞にケインは苦笑しながら答えた。その答えをうけて、ミリィは 更に部屋に設置されているディスプレイを指差し、告げた。


「キャナルも!覚悟しといてよねっ」


 一瞬の沈黙の後、ディスプレイにキャナルの表示される。予想外の言葉に珍 しく戸惑った様子のキャナルに、ミリィは更に問う。


「――分かった!?」


 有無を言わせぬような台詞に、しかしキャナルもまた苦笑しながら、ハイ、 と答えた。
 そんな二人の様子を見て、ケインは笑う。
 そういえば、笑うのすら久し振りだと、今更ながらに実感する。
 そんなに時間が経ったはずは無いのに。
 穏やかな時間が、こんなにも懐かしい。

 こんなにも、恋しい。

 叩かれて少し熱をもった頬を撫でながら、ケインは金色の髪の少女を想っ た。





*風雅さんに捧ぐ。