Reality of life

それはとても残酷な想像で。

そして、
―――いつか訪れるかもしれない、現実。
「――何を、考えている?」

 次の町へ行く道中でのこと。
 そんなつもりはなかったのだが、いつのまにか考え事をしていたらしい。
 不意に声をかけられ、あたしは現実へ戻った。

「何って・・・・・・べ――」
「別に、って様子じゃないだろ」

 あたしの言葉を遮ってガウリイは言う。
 少し怒っているような顔。
 心配そうな様子も伺えるのは、きっとあたしの気のせいではないだろう。
 図星を指され、あたしはガウリイから目をそらした。
 普段はとことん大呆けでも、こんな時はやけに鋭い。

 風が頬をなでる。
 悲しいくらいに、やさしい風。
 そうして思い出す。
 緑の丘の、小さな墓標。
 そして――

「・・・・・・ルークのことか?」

 彼は何処へ行ったのだろうか。
 それは誰にもわからない。わからなくていい。
 ただ――・・・

「・・・・・・ガウリイなら、どうする?」
「ンあ?」
「もし・・・・・・あたしが・・・殺されたら」

 それは、何度自分に問いてもわからない問題だった。
 あたしなら、どうする?
 考えたくない。考えたくないけど・・・・・・
 もし、ガウリイが殺されたら?
 もしも、あの時。
 ルークがあたしだったら・・・・・・あたしは、どうしていたんだろうか?
 鮮明に覚えている記憶を呼び起こす。
 ラルティーグ王国、セレンシア・シティ。
 そう、あれは確か南の神殿。中庭で。
 足元には、もう動かなくなった黒い塊。
 夜の、それよりも暗い闇の中で対峙した時。

『もしも俺と同じになったらどうだ?』

 そう、聞かれた。
 あたしは答えられなかった。
 そして、今も、まだ。


 それはとても残酷な想像で。
 そして、
 いつか訪れるかもしれない現実。

 ――いや、もう訪れてしまったのに。


 風が吹く。
 大した風でもないから、前髪が少しなびいただけ。
 そよ風って、きっとこんな風のことを言うんだろうな。
 そんなことを、心の遠くで考えていた。
 普段なら心地好いと感じるはずの風が、今はやけに寒く感じる。
 しばらくあさっての方向を見ながらうんうん唸っていたガウリイが口を開いた。

「・・・・・・ルークと、同じ事をするだろうな」
「・・・・・・あんた、ちゃんと分かって言ってんの?」
「分かってるさ」

 だってそれは、ガウリイも、終わりのない憎しみを持つことなのよ?
 憎んで、人を傷つけて。不毛な憎しみを、抱き続けて・・・・・・
 ・・・分かっているんだろうか?この男は。
 そんなあたしの胸中なんてまるで分かっていないだろう。
 ガウリイは、言葉を続けた。

「・・・・・・俺は、大切な人間を失っても自分を抑えていられる程、できた人間じゃないからな」

 そう苦笑しながら言う。
 「大切な人」というのが少し引っかかったが、それよりも。

 ――そうね。きっとあたしも耐えられない。

 だけど、感情のまま人を殺せる程、自分を解放することも出来ないかもしれない。
 いっそ、憎しみに身を任せられたらどんなにか楽だろう。
 そういう意味では、ルークは幾分か良かったのだろうか・・・?
 そんなハズはない。そんなハズはないけど・・・・・・
 あの時の自分の台詞は正しかったと、断定することなんてできないから。

「・・・・・・リナ」
「ん・・・・・・」
「おい、リナ?」
「ん?あ、ごめん。何?」

 また深く考え込んでしまったらしい。
 呼ばれてあたしは、下に向いていた視線をガウリイへ向けた。

 ――あたしらしくないな。

 答えに出ない問題をいつまでも引きずっていてもしょうがないのに。

「大丈夫だって」
「は?何が」

 唐突に、何を言ってんのかなこの男は。
 もう随分と一緒に旅をしてきたが、未だに掴めないことがしばしばある。
 なにが大丈夫なんだか、と言わずとも顔に出ているだろう。
 ガウリイが言葉を続けた。

「だからな」
「何よ?」
「もしおまえさんがその・・・・・・ルークみたいに暴走しちまったら、ちゃんと俺が止めてやるから。だから、大丈夫だ」

 ・・・・・・何が大丈夫なんだろう。
 あたしがそうなるかも知れないときってガウリイが倒れてしまったときなのに。
 死んでてどうやってあたしを止める気よ。
 ゾンビにでもなる気か?おまいわ。
 言っとくけど幽霊になって枕もとに立たれても困るからね。
 ――そう言おうと思ったけど。
 何故だか胸がつまって言えなかった。
 だから、かわりに。

「んじゃ、あんたが暴走したときは、あたしが止めてあげるわ」
「おう。よろしく頼む」
「報酬は高いわよ?」
「・・・金取る気かよ」
「当然!
大丈夫。一生あんたのおごり、ってことで手を打ってあげるから♪」

 風が行く。
 いつのまにか空は黄昏に染まっていた。
 茜色の空。
 夜と昼が混じり合った、一瞬の間。
 未消化な気持ちが消えたわけではないけど。
 答えが見つかったわけではないけれど。
 とりあえずは―――

「さ、日が暮れちゃう前に町へ入らなきゃ。行くわよ、ガウリイ」
「おう」


 オレンジ色に染まった空は、今日もキレイだ。





*初出:JOKER発行「リアリティ」