バラエティ
「―――は?」
「いや、だからな。昨夜見たんだよ、そういう夢を」
とある町のとある食堂。
室内は人々のざわめきで満ちていた。仕事前の腹ごなしをする為に人々が集まってくる。その食事の質が『良』と評されるこの店では、皆が動き出すこの時分、程好く店は賑わっていた。
いつもより一皿分少ない朝食を終え、デザートの果物に噛り付いていた栗色の髪の小柄な女魔道士は、その手の動きを止めずに聞き返した。
「ふぅん?」
特に何の関心も示さない返事。
どんな夢だったかはよく覚えていない。そう言った相手がどんな姿をしていたのかも。男か、女かということも、分からない。
ただその言葉だけが強く記憶に残っていた。
少女の向かいに座っている金の長髪の傭兵らしき男がカップを手にし、再度問う。
「だから、リナだったらどんなこと願うかなーと思って」
「お金」
即答。
「他には?」
「ごちそう」
「そんなんばっかかよ…」
お前らしいけどな、と思考の中で付け加える。自然と顔がほころぶのが分かった。
「んで、ガウリイは?」
いつのまにかデザートを終え、食後のお茶に手を伸ばしつつリナは問い返した。
「オレは…ん〜〜〜」
腕を組み、悩む。
背もたれに体重をかけ、天井を仰ぐ。
良く言えばこざっぱりしていて清潔な、悪く言えば殺風景なその食堂は、やはり天井も何も飾り気の無いものだ。
しばらく悩んだ後、結論を出す。
「分からん」
「何ソレ。イロイロあるでしょー?お金とかご馳走とかお金とかご馳走とかお金とかご馳走とか」
よく舌が回るもんだ。
一息で言ってのけるリナに、ガウリイは感心する。
モチロン、お金はあるに越したことは無い。
ごちそうだって食うのは大好きだ。
しかし…
「そーだなぁ…」
何か、別の。
あるような気がするんだけど。
何だろう。
しかしいくら考えても分からなかったので、とりあえずその場の話はそれで終わった。
朝食を終えて、次の町へ向かう。
この町は決して小さくは無いのだが、だからさして不便は無いのだが如何せん平和過ぎる。休養するにはこの上ないのだが、仕事探しには不向きだ。
浅い森にある街道。人々が長い時間をかけて、作ってきたものだ。光りが木の葉の上で踊る。良い天気だ。
旅路の途中、特に話題も無かったので朝の話題をもう一度掘り返す。
「で?願い事ってヤツは決まったの?」
リナが問う。
「う―――ん…」
ガウリイが返す。
「何だろうな?」
「あたしが分かるわけ無いでしょ」
ため息混じりに言う。足をひたと止めて、ガウリイの方へ向き直る。
「大体、願い事なんてのはねぇ、自分の弱さを言い訳にしてるようなもんなのよ。願いは―――叶うものじゃなくて、叶えるものよ。大体叶えてもらうって、誰に。どうやって?上手い話にはウラがあって然り、なんだから」
「いや、そう言われても」
夢で見ただけなんだけど。それにさっき自分も散々言ってたじゃないか。
でも、そうか、と納得する。
自分の弱さを言い訳にして、自分では叶えられない願いを『誰か』に託すなど他力本願もいいとこだ。
それでも―――どれだけ強くても、色んな力を持っていても。叶えられないコトが確かにある。それはリナもガウリイも、よく分かっている。―――痛いくらいに。
だからこそ、自分に言い訳はしたくない。
叶えられるなら叶えたい。自分で。欲張りなほどに。
視線を再び、進路方向へ向ける二人。
と、視界の端に木製の立て札を捕らええる。
看板だ。記されているのはこの先にある街。
道は二つに分かれていた。
「どっちだ?」
「左」
迷うことなく即答する。理由は、頭が良いとお世辞でも決して、というか絶対言えないガウリイでも分かった。
看板の、右を示している矢印の下に記されているのは。
『サイラーグシティ』
それは、遠い昔魔獣に滅ぼされた街。
かつて神聖樹の在った処。
冥王に遊ばれた街。
そして、
金色の魔王の降り立った場所。
あぁ、そういえば―――
リナは思う。あの黒髪の神官。別れた時の、台詞。
『もう会わないことを祈って―――』
それは確かに願いに近いものだった。もし、次に会うことがあれば。あたしは。
――今は、平和だけど。
今は、こうしてガウリイと二人で目的も無く…いや剣を探すって目的はあるのだけど、ともかくのんびり旅してて。
お腹いっぱいご飯食べて、思う存分寝て。そんな日々。当たり前だけど、当たり前じゃない時が確かにあったから。
でも、いつか。
予感がする。アイツに会う。
アイツ等に、会う。
―――それが、あの時の台詞の様なコトになるとは限らないけど。
時間の流れと共に、人も流れる。魔族も、神も。
いつか――そう遠くないうちに自分はその流れに巻き込まれるだろう。
勿論流されっぱなしになどなるつもりは無いけど。
それは不確かな確信。
その先にあるものが何かは――分からない。
頬を撫でる風がひどく心地の良いものだと思う。
土を踏む音が耳にやさしく響く。
隣に在るぬくもりが息を吸う様に易く感じられる。
良いなぁと、思う。
リナは何も言わない。
ガウリイも何も言わない。
それは不自然でも居心地の悪いでもない沈黙。
ガウリイはあぁそうか、と思った。
自分の望むもの。
それはきっと難しいものだろうけど、どうしても。
叶えたい。ゼッタイに。
―――出来ることなら、自分の力で。
Q.もしも一つだけ願いがかなうなら?
A.君が望む道を、君が思うように歩けるように。
「いや、だからな。昨夜見たんだよ、そういう夢を」
とある町のとある食堂。
室内は人々のざわめきで満ちていた。仕事前の腹ごなしをする為に人々が集まってくる。その食事の質が『良』と評されるこの店では、皆が動き出すこの時分、程好く店は賑わっていた。
いつもより一皿分少ない朝食を終え、デザートの果物に噛り付いていた栗色の髪の小柄な女魔道士は、その手の動きを止めずに聞き返した。
「ふぅん?」
特に何の関心も示さない返事。
どんな夢だったかはよく覚えていない。そう言った相手がどんな姿をしていたのかも。男か、女かということも、分からない。
ただその言葉だけが強く記憶に残っていた。
少女の向かいに座っている金の長髪の傭兵らしき男がカップを手にし、再度問う。
「だから、リナだったらどんなこと願うかなーと思って」
「お金」
即答。
「他には?」
「ごちそう」
「そんなんばっかかよ…」
お前らしいけどな、と思考の中で付け加える。自然と顔がほころぶのが分かった。
「んで、ガウリイは?」
いつのまにかデザートを終え、食後のお茶に手を伸ばしつつリナは問い返した。
「オレは…ん〜〜〜」
腕を組み、悩む。
背もたれに体重をかけ、天井を仰ぐ。
良く言えばこざっぱりしていて清潔な、悪く言えば殺風景なその食堂は、やはり天井も何も飾り気の無いものだ。
しばらく悩んだ後、結論を出す。
「分からん」
「何ソレ。イロイロあるでしょー?お金とかご馳走とかお金とかご馳走とかお金とかご馳走とか」
よく舌が回るもんだ。
一息で言ってのけるリナに、ガウリイは感心する。
モチロン、お金はあるに越したことは無い。
ごちそうだって食うのは大好きだ。
しかし…
「そーだなぁ…」
何か、別の。
あるような気がするんだけど。
何だろう。
しかしいくら考えても分からなかったので、とりあえずその場の話はそれで終わった。
朝食を終えて、次の町へ向かう。
この町は決して小さくは無いのだが、だからさして不便は無いのだが如何せん平和過ぎる。休養するにはこの上ないのだが、仕事探しには不向きだ。
浅い森にある街道。人々が長い時間をかけて、作ってきたものだ。光りが木の葉の上で踊る。良い天気だ。
旅路の途中、特に話題も無かったので朝の話題をもう一度掘り返す。
「で?願い事ってヤツは決まったの?」
リナが問う。
「う―――ん…」
ガウリイが返す。
「何だろうな?」
「あたしが分かるわけ無いでしょ」
ため息混じりに言う。足をひたと止めて、ガウリイの方へ向き直る。
「大体、願い事なんてのはねぇ、自分の弱さを言い訳にしてるようなもんなのよ。願いは―――叶うものじゃなくて、叶えるものよ。大体叶えてもらうって、誰に。どうやって?上手い話にはウラがあって然り、なんだから」
「いや、そう言われても」
夢で見ただけなんだけど。それにさっき自分も散々言ってたじゃないか。
でも、そうか、と納得する。
自分の弱さを言い訳にして、自分では叶えられない願いを『誰か』に託すなど他力本願もいいとこだ。
それでも―――どれだけ強くても、色んな力を持っていても。叶えられないコトが確かにある。それはリナもガウリイも、よく分かっている。―――痛いくらいに。
だからこそ、自分に言い訳はしたくない。
叶えられるなら叶えたい。自分で。欲張りなほどに。
視線を再び、進路方向へ向ける二人。
と、視界の端に木製の立て札を捕らええる。
看板だ。記されているのはこの先にある街。
道は二つに分かれていた。
「どっちだ?」
「左」
迷うことなく即答する。理由は、頭が良いとお世辞でも決して、というか絶対言えないガウリイでも分かった。
看板の、右を示している矢印の下に記されているのは。
『サイラーグシティ』
それは、遠い昔魔獣に滅ぼされた街。
かつて神聖樹の在った処。
冥王に遊ばれた街。
そして、
金色の魔王の降り立った場所。
あぁ、そういえば―――
リナは思う。あの黒髪の神官。別れた時の、台詞。
『もう会わないことを祈って―――』
それは確かに願いに近いものだった。もし、次に会うことがあれば。あたしは。
――今は、平和だけど。
今は、こうしてガウリイと二人で目的も無く…いや剣を探すって目的はあるのだけど、ともかくのんびり旅してて。
お腹いっぱいご飯食べて、思う存分寝て。そんな日々。当たり前だけど、当たり前じゃない時が確かにあったから。
でも、いつか。
予感がする。アイツに会う。
アイツ等に、会う。
―――それが、あの時の台詞の様なコトになるとは限らないけど。
時間の流れと共に、人も流れる。魔族も、神も。
いつか――そう遠くないうちに自分はその流れに巻き込まれるだろう。
勿論流されっぱなしになどなるつもりは無いけど。
それは不確かな確信。
その先にあるものが何かは――分からない。
頬を撫でる風がひどく心地の良いものだと思う。
土を踏む音が耳にやさしく響く。
隣に在るぬくもりが息を吸う様に易く感じられる。
良いなぁと、思う。
リナは何も言わない。
ガウリイも何も言わない。
それは不自然でも居心地の悪いでもない沈黙。
ガウリイはあぁそうか、と思った。
自分の望むもの。
それはきっと難しいものだろうけど、どうしても。
叶えたい。ゼッタイに。
―――出来ることなら、自分の力で。
Q.もしも一つだけ願いがかなうなら?
A.君が望む道を、君が思うように歩けるように。
*初出:JOKER発行「バラエティ」2001/04/15発行