21.嘘つき

 触れたくて、でも触れられなかったその指先を。
 雨の日は嫌い。
 低くなった気圧が私の頭を締め付けるように痛めては、止むことも無く振り続ける。窓越しに見る空はグレイに染まり、重たい雲は途切れることなく続いている。まとわり付くような湿気に、私は苛立ちを覚えた。

(…やだな)

 雨音が。
 耳に張り付いて、離れない。

 重たい気分を振り切るように、私は鞄の中を漁って何かを探す。この持て余す暇を解消する何かを。そうして見つけた化粧ポーチを手に、中に一緒に入れておいた鏡を取り出す。
 何をするというわけでもないけれど。
 なんとなく、鏡を覗き込んだりして。
 雨のせいか、湿気を含んだ髪が広がってしまって、軽く指で梳いたけれどまとまらない。仕方ないなぁ、と思い鞄の中から別にしておいた携帯用のブラシを取り出す。次に、ポーチに仕舞っておいたヘアゴムを取り出して。私は髪をまとめる。

 不意に、後ろから声が聞こえた。


「器用だなー」


 へーぇ、と感心したように見ていたのは進藤で。私の後ろの席に座る彼は、居ないことも珍しくないが今日はどうやらお仕事は無いらしい。朝からずっと、退屈そうに座っている。


「そう?」
「うん、おもしれぇ」


 そう言って進藤は、手馴れた手つきで髪を編んでいく私をものめずらしげに見て、感嘆のため息をつく。
 そんな進藤に、なんとなくいたたまれなくて、少しだけ視線をずらした。
 きっと意識もしてないんだろう。
 それがやっぱり、少しだけ、悔しい。

 ――敵わないって分かっているのに。

 そんな思考がぐるぐるめぐる。
 それはある意味、自虐的に。
 だけどそうでもしなければ、今あるこの切ない気持ちを振り切ることなんて出来なかった。

 思い出すのは雨の降る、あの日。

 触れようとして、
 でも触れられなかったその指先。
 彼女の長い黒髪。

 放課後の教室。


「…ねぇ、進藤」
「ん?」
「進藤はさ、髪の長いのが好きなの?」


 眠る彼女に触れようとしたその手を。
 躊躇うようにポケットの戻したその動作が。
 悔しいくらいにキレイで目に焼きついて。


「……いや、」


 躊躇いがちに。
 窓の外の雨を見やって、進藤が呟く。


「短いのだよ」


 それは遠い、今はここに居ない、誰かを見るようで。
 胸が、軋む音が聞こえた気がした。




 嘘つきだね、進藤。






 ――やっぱり雨の日は嫌いだよ。



*21.5に続く。